ちっともいい子なんかじゃない。どうしてこんな私に一之瀬君が優しくしてくれるのか分からない。

だけど、ずっと一人で抱え込んでいたことを、誰かに話すことができた。それだけで、なんだか心が軽くなった。

一之瀬君からは、ほんのりミントの制汗剤の香りがして、熱いのにちっとも嫌じゃなかった。

私の頭を楽に包み込む大きな手に、安心感を抱いてしまう。


「……翔太はきっと、いつかちゃんと翠と話し合う日が来ると思う。そのきっかけは、もっちーが十分与えたと思う」

「そんなことないよ……。一之瀬君が美術室に連れてきてくれたから」

「伝えられないことの辛さを分かってるから、余計辛いね」


その言葉と一緒に、頭をぽんぽん、と優しくなでられた。

一之瀬君の優しい言葉が思い切り胸の中に染み込んで、切なさで鼻の奥がツンとした。


「……好きですよ、だったらなんですかって、もっちーが言ったの、あれかっこよかったよ」

私の体を離した一之瀬君が、思い出すように、ぽつりと呟いた。


「……翔太に聞かせてやりたかったな」


あんまりにも切なそうな瞳でそう言うので、私は言葉に詰まってしまった。

思えば、好きだとはっきり口にしたのは、あの瞬間が初めてだった。


「あんなに可愛くない告白の仕方じゃ、星岡君も困っちゃうよ」

笑ってそう返したけれど、一之瀬君は優しく目を細めるだけだった。

私たちが乗るはずだった電車が、今数メートル先で発車したことを、車輪とレールが重なり合う音で気づいた。