こんな冷たいところがまだ残っていると萌音に知られたら……そう思うと少し怖い。

「ばあちゃんは、全然許さなくていいと思う」
意外すぎる返答に俺は思わず、え、と声をあげてしまった。
しかしその言葉には、続きがあった。

「両親を許せなくていいけど、許せないものがあることによって、あお君の世界が狭くなってしまうことは、ばあちゃん悲しいけ」
「どういう意味でですか……?」
「年を取ると、許されないことと許せないことが増えていくけんね……でもそれって、少し窮屈やけん。許せないって、意固地はってるだけの場合もあるしね」
「どうでしょうか……。でも自分は、百許すことはできないと思います。幼少期は、思いきり恨んでいましたので」

下田講師とのピアノレッスンを辞めさせてほしいと、俺は何百回も懇願していた。
しかし母は全く取り合ってくれず、泣くんじゃない、忍耐力が足りない、この二つの返答しかくれなかった。
SOSが全く届かない環境で、大人という存在をどんどん信じられなくなっていくの感じた。

「百許せなくていい。でももし九十八許せないに減ったら、あお君はその減った分、自分の世界を広げることができる。許せないことだらけの世界って本当に楽しくないけんね」
「おばあちゃんも、許せないことあったんですか?」
なんとなく聞くと、おばあちゃんは笑ってあっさりと答えた。
「そりゃあったよ。あの時あお君に叱ってもらえなかったら、ばあちゃんもうちゃんに嫌われてたかもねぇ」
「え……いつの話ですか?」

おばあちゃんが話していることに全く見覚えがなくて、俺は思わず小首をかしげた。
はてなマークを浮かべている俺を見て、おばあちゃんは「あらまあ、忘れとるんけ」と言って呆れたようなそぶりを見せた。
でも、本当に覚えがないのだ。

「あお君が七歳だったころ……私の息子夫婦が飛行機事故で亡くなった後の話やけ。あの時の自分が本当にゆるせんくてね」
「え……、俺何か言いましたっけ」
「そりゃあもう勇ましく啖呵切られたけぇ」
「え……すみません本当に身に覚えが……」

啖呵、と聞いて益々迷宮入りした俺は、必死に記憶の棚を開けたがなにも出てこない。
顔を青くしたまま黙っていると、おばあちゃんが静かに話し出した。

「ばあちゃんね、息子とお嫁さんがいなくなって、萌音をちゃんと育てられるか不安で毎日寝られなかったんよ」