ばあちゃんと一緒に行ったはずなのに、萌音は病院からひとりで帰ってきた。
その顔は暗く、とても落ち込んでいることがすぐ見て取れた。
萌音はばあちゃんっ子だから、余計に心配なんだろう。無理もない。萌音にとっておばあちゃんは、唯一の肉親だから。

俺は、萌音の荷物を預かって、椅子に座るよう誘導した。
とりあえず気持ちを落ち着けるように、温かい紅茶を淹れて出すと、萌音はありがとうと言って、少しだけ笑った。

「おばあちゃん、なんだって」
「胃がんかもしれんって。怪しい影がレントゲンに映って……」
「そっか……」

でもまだ決まったわけじゃないし。そんな無責任な言葉は言えない。
俺は、紅茶の水面を見つめて、萌音と同じように沈黙した。

萌音は大学を卒業して、ここから車で四十分程度の小さなデザイン会社に就職した。
俺も辻堂から、萌音の家に戻って、在宅で作曲の仕事をしている。
おばあちゃんは俺が戻ると、本当に本当に喜んでくれた。
俺も、そんなおばあちゃんの為にこれから色んな恩返しをしていきたいと思っていた矢先の出来事だった。

老いには逆らえないし、いつかくることだとは、分かっていた。
でもいざ家の中におばあちゃんがいないと、寂しくて寂しくて堪らない。
何より萌音が、元気を失くしてしまう。

「萌音、おいで」
大丈夫、なんて言葉も軽率にかけられない。
俺は萌音の肩を抱き寄せて、頭の中の整理がつくよう、萌音の話をゆっくり聞いた。


入院してから一週間目、萌音と一緒に着替えをもっていくと、おばあちゃんは座って読書をしていた。
凄く集中していたので、ひらひらと目の前で手を振ると、おばあちゃんは「あらまあ気付かんかったわ」と言って笑った。

おばあちゃんは、入院してから少し細くなったと思う。食事も残しがちな日が増えているとナースさんから聞いた。

「ばあちゃん、なにか用意してほしいもんとか、買ってほしいもんとかないん?」
萌音が不安げな表情で聞くと、ばあちゃんは大丈夫よぉ、と即答した。

「あお君、萌音は心配性すぎるでしょう。お嫁にもらったら大変やけ」
「ばあちゃん余計なこと言わんで大人しくしててっ」

結婚のことは、言おう言おうと思っているうちに、タイミングを逃し続けてしまっている。
できればおばあちゃんが元気な時に式を挙げて、萌音のウェディング姿を見せてあげたいのだけれど。