「先生に会って、音楽の楽しさを再び知って、やっと歩き出せたと思ったけど、先生の持病が悪化して……」
葵の声が徐々に震えだしたので、私は彼の背中を優しくさすって、彼の言葉を待った。
こんなに一生懸命に自分の気持ちを伝えようとしている葵の姿を、私は初めて見た。
「俺はまたひとりになった。途方に暮れて、久々にピアノを弾きにきたら、萌音がいた」
「奇跡的なタイミングだったんやね……」
私がしみじみ言うと、彼は私の肩を掴んで、私を思いきり抱きしめた。
久々に嗅いだ葵の匂い。それだけで胸がいっぱいになってしまって、涙が溢れた。
ああ、本当に、葵がいる。生きている。
もっと彼の心臓の音に耳を澄ませてたくて、私は彼に抱きつく力を強めた。

「もう会わないつもりだった……、だからあの時キスした」
「どうして突然消えたん、私が、私がどんなにこの二年間っ……」
「未来を変えてでも、萌音のことを諦めなければよかった。でもできなかった。自分に自信がなかったっ……」

私だって、自分に自信がないよ。
でもね葵、私ね、やっと答えがわかったの。
大学でも成績は良くないし、藝大は落ちたし、何にもなれない私だけど、私は私を受け止めようと思う。
自分が好きだって思うこと、大切だって思うこと、ちゃんと自信をもって愛そうって思う。

だからあなたに会いに来た。私にとって大切な人だから、会いに来た。私は私の為に、あなたに会いに来たの。

そのことを伝えると、葵は私を抱きしめる力をより一層強めた。
それから、消え入りそうな小さい声で、ありがとう、と呟いた。

「俺、本がボロボロになるまで手話を必死に覚えてくれてたことも、音楽室でひとりで泣いてたことも知ってるよ。全部知ってた……」
「そうだったんだ……」
「萌音にどれだけ救われたか、言葉にできない」
「……分かるけぇ、私も、葵が自分にとってどんな人なのか、上手く言葉にできんよ」
少し笑いながら共感すると、葵は私の肩を掴んで、じっと私の顔を見つめた。
それから、ふっと微笑んで、順番間違えたな、と悔しそうにひと言もらした。
私の肩を掴んだまま、あの時言えなかったこと、今伝えてもいい? と彼は私に問いかける。
こくりと頷くと、彼は真っ直ぐ私を見つめて言った。

「好きだよ萌音。……世界で一番、大切だ」