まさか同じ県内に住んでいたなんて、これは偶然か運命か。
それは分からなかったけれど、私はインターネットで辻堂のピアノ教室を片っ端から探し、電話を掛けた。
しかし、葵のような生徒はおろか、五十代前後のおじさんがピアノ講師をしているピアノ教室はひとつもなかった。
私は、最後の候補だったピアノ教室に電話を掛けてから、ぐったりと項垂れた。
大学のカフェテリアの隅っこで、目に血を走らせて電話をしている私を見て、友人は怪訝そうな表情を浮かべて通り過ぎていった。
どうしてだ。やっと有力な情報が見つかったのに。
顔の真横で机を軽く拳で叩き、私は必死に次の策を考えた。
あの後、なん度も葵の記憶を辿ったが、葵が外出している時の過去は見れず、どこの土地にいるのか分かるような手がかりは見つからなかった。
真っ白な部屋で、葵が補聴器をつけながらピアノを弾いている映像だけが、頭の中に流れ込んだ。
葵の聴力は回復しているの……? 一体葵はどこでどんな暮らしをしているの。知るだけじゃ嫌だ。私は葵に会いたい。
だって私、葵に言わなければいけないことがあるの。
「萌音、何してんの怖い顔して」
講義終わりの裕子が、とんとん、と机を叩いて私を呼んだ。
周りから見たらそんなに怖い顔に見えるのだろうか……私は眉間をぐっと人差し指で伸ばして、彼女を見上げた。
裕子の顔を見た瞬間、私はとあることを思い出した。
……そうだ、彼女は辻堂が実家だと言っていた。どうして地元の人に聞くという手段を思い浮かばなかったのだろう。
「ねぇ裕子、辻堂に昔からある老舗のピアノ教室とか知らない?」
「えぇ、何急に。ピアノ教室って殆ど外観ただの家みたいなところ多いからなあ。ひっそり二十年続いてます、みたいなところ結構ありそう」
「確かにそうだよね……」
裕子は斜め前の椅子に座って、私が印刷して出したピアノ教室の電話番号リストを見つめた。
あの人のこと探してるの? と聞かれたので、私は力なく頷いた。
「萌音はこの人のこと、好きなの?」
だからそういうんじゃなくて、という定番の言い訳をしても怒られるだけだとすでに分かっていたので、私は言葉に詰まった。
その間も、裕子は真っ直ぐな瞳で私を見つめている。
恋愛の意味での好き、と言ったらなんだか違和感を抱くので、私は葵をそういった意味で好きではないんだと思う。