葵、私は、君という人間をどこまで分かっていただろう。
あんなに一緒に過ごしたのに、ちっとも自信なんかないよ。
私は、葵の部屋に閉じこもって、葵が最後に残した手紙に念を込めた。
本当にこんな単純なことで、他人の過去が覗けるなんて思えないし、人の過去を勝手に詮索するなんて、少し抵抗がある。
それでも私は、葵を探すためにやり遂げなきゃならないことがあるんだ。
二つ折りのそれを、親指を上にして両手で持ち、額に当てた。
……お願い。二年前のセンター試験受験日の葵の過去を見せて。お願い。
あの日に何があったのか、教えて。
すると、またあの、カチッとチャンネルが合うような、不思議な感覚に陥った。
ぐわんと何かが婉曲して、一瞬吐きそうになったけれど、私はそれに耐えてひらすらあの日のことだけを想って集中した。
すると、徐々に映像が頭の中に流れ込んできた。

……ここはどこだ。
その日は、確かに重く冷たい雨が降っていた。
見たこともない住宅街を、葵は傘も差さずにひとりで彷徨っていた。
雨の冷たさまで伝わってくるような、鮮明すぎる記憶に、私は手に汗を握った。
葵はフードを被ったまま当たりを右往左往し、誰かを探しているようだった。
一体誰を待っているの……?
全く予想がつかない事態に、私はごくりと生唾を飲みこんだ。
葵は、何か覚悟をもってその人物を待っている様子だった。

すると、一人の女性がアパートの二階から降りてきて、葵はその女性の方を見据えた。
それから、徐々に背後からその人に近づき、バッグを取り上げた。
一体何をするつもりなの……?
もうこの先を見たくない。そう思ったが、その女性の顔を見た瞬間、心臓が止まるような思いをした。
その女性は、葵に虐待をしていた、下田講師だった。
彼女は元々細かったにも関わらず、より一層痩せこけて、顔の印象も大分暗くなった。
どうして葵は下田講師に会いに行っているのか。
彼のトラウマそのものである彼女に、葵は復習をしようとしているのだろうか。
彼女に危害を加えてしまったから、そんな自分ではもう会えないとでも思ったのだろうか。
憶測が飛び交う中、雨は相変わらず強く強く降っている。ザ—っという雨音まで鮮明に聞こえるので、私は彼女の声に耳を澄ませた。

「どうしてここが分かったの……? やっぱり先生が恋しくなっちゃった?」