今のところ人に危害を加える恐れはないが、破壊された芸術品で怪我人がでたら、この祭りはもう開催できなくなってしまう、そのことに町長は大変焦っているらしい。
芸術家を目指すヒーロー的な存在であった彼が、私と同じことをしているなんて……。ショックでなにも言葉が出てこない。
すると、外から叫び声が聞こえ、交番の電話も同時に勢い良く鳴り響いた。
なにが起こっているのか分かっていない葵の腕を引いて外に出てみると、芸術祭の目玉であった、ハヤシミノル先輩の五メートルにも及ぶアートパネルが、崩れ落ちていくのをこの目で見た。
私と葵は人を掻き分けてその場所を目指し、パネルを括り付けていた台の上に立っているミノル先輩を見つけた。
美しい花が描かれていたパネルは無残にも地面に倒れ、お祭りに来ていた町民はギリギリでそれをよけた様子だった。
突然のことに驚いたのか、泣いている子供も沢山いる。
混沌とした空気を切り裂くように、ミノル先輩は叫んだ。
「絵が描けなくなったら俺は終わりなのかよ! 才能なんて俺にはない! そんな言葉で俺を縛るな!」
両耳を手で塞いで、完全にヒステリック状態のまま叫ぶミノル先輩を見て、私は一瞬恐怖を感じた。
葵が、なんて言っているの? と、珍しく焦った様子で聞いてきたので、私は自分の気を落ち着かせるためにも、ミノル先輩の言葉を全て手話で伝えた。
「誰が天才だなんて決めたんだ、俺は普通の人間だっ、普通で……普通でよかったんだ。メディアになんて出たくなかったっ」
ざわついているせいで、彼の叫びが上手く聞き取れない。でも私は、彼の声に必死に耳を傾けた。
ミノル先輩、私は、あなたに憧れていました。私だけじゃない。この町中の皆があなたを応援していました。
でもそれは、ミノル先輩にとってとてつもないプレッシャーでしかなかったのだろうか。
「この町が唯一の安らげる場所だったのに……」
力なく最後に叫んですぐに、ミノル先輩は警察官に保護された。
今、何百人もの視線がミノル先輩に注がれている。その瞳の数の多さは、彼にとって最早恐怖でしかないのだろう。
ミノル先輩の叫びを目で見て、葵は何かを感じ取ったのか、その場から一歩の動かずにじっと壊れたパネルを見つめていた。
自分から絵がなくなったら、と怯えていた自分に重なるところがあるのだろうか。