この町には信号機が二つしかない。
一つは隣町にかかる大橋手前の交差点と、私が通う高校の前だ。
寂れた田舎加減が好きだったのに、昨年この町出身の芸術家―ハヤシミノル先輩がが六本木で開かれるなんかのイベントとコラボして一気に有名になったのをきっかけに、この町は「芸術で町おこし」を開始した。
芸術的なのかよくわからんオブジェを作ったり、個展や芸術祭を開いたり。
なんにもない田舎が、少しずつカラフルになっていく様子は、面白い気もするし、見慣れた景色が変わっていくようで少し不安な気もする。

「ばあちゃん、ナスそろそろ取らんと、腐っちゃうがね」
「あら、もうちゃん、今日もお絵かきしとったんか」
ばあちゃんは、訛ってなのか知らないが、私のことをもうちゃんと呼ぶ。
方言が強すぎて、たまに何を言っているか分からないときも多々ある。
「お絵かき言わんでよ」

築四十年を超える木造建築の家に帰ると、祖母が玄関に腰かけてお茶を飲んでいた。
自動車工場でもらった、工場名入りの手拭いを首にかけて、顎下できゅっと結んでいる。
私が大嫌いな、小袋に入った棒羊羹を食べたあと、ばあちゃんは畑仕事に出向くのが日課だ。

「ばあちゃん腰弱いんだから、ナスの畑は遠いから葵に行かせればええ」
「もうちゃん、あんまりあお君こきつかったら可哀そうじゃけぇ、優しくしてあげぇよ」
「いいんだよ、あいつは暇なんやから」

そう言い放って、私は荷物を乱暴に置いてから二階にかけあがった。
どうしてこうも木造建築の家は、1階上がるだけでこんなに気温が上昇するのだろうか。
むわっとした生ぬるい空気の漂う廊下を駆け抜けて、私は勢いよく彼の部屋を開けた。