どうして深夜に抜け出していたのか、その日はなんとなく聞くことができなかった。

最初は、一体何が起きているのか分からなかった。
いつも自転車に乗って呑気に散歩しているだけの警察のおじさんが、私の家にやってきた。
彼が言うには、葵が美術品破壊事件の犯人として疑いをかけられている、とのことだった。
深夜に、壊れた美術品の近くにいる葵を見かけたと、通報があったそうだ。
そして今、葵は任意で交番にて取り調べを受けており、そのことを報告しにおじさんがやってきたということだ。
「冗談ですよね……そんな」
「今は筆談で話し合ってるけ、まだ葵君がやったとは限らんが、特に否定もしていないそうや」
葵が犯人のはずがない。それは一番私が分かっていた。
けれど、今はそんなことを警察に言っても仕方がない。私はすぐに予備校に連絡をして休むことを伝えた。
「明日は町の名物にしていく大事な芸術祭があるし、大事にはしたくないけん。今日はとりあえず帰すことになると思うが……ばあちゃんによろしくな」
「あの、葵は絶対に犯人じゃありません……」
「わかっとるよ。ほんじゃな、また葵君と一緒に帰ってくるけ」
ガラガラ、という音を立てておじさんがドアを閉めたと同時に、私はその場に崩れ落ちた。
ドクンドクン、と心臓が脈打つ音がよく聞こえる。頭の中が真っ白で、何をどうしたらいいのか全く考えられない。
葵が犯人……そんなわけない。だって美術品を壊した犯人を、私は知っているから。
私は、心を落ち着けるために、ばあちゃんが畑仕事から帰ってくるまでの間、自分の部屋に閉じこもって布団に包まった。
ぎゅっと目を瞑って怯えていると、上野駅で知らない映像が流れ込んできたときのように、昔の記憶が鮮やかにフラッシュバックした。

あれは両親が亡くなる二年前のことだった。
お向かいの清峰さんとこの天才児葵君、というワードは、この付近ではよく聞く言葉だった。
葵の母は、私の母と幼いころからの知り合いだったらしく、たまに家に招いてはお茶をしていた。
母は常に聞き役に徹していて、葵の母は葵の自慢話を永遠にする。幼いながら、この時間を母は楽しんでいるのか非常に疑問だった。
「そういえば萌音ちゃん、絵を描き始めたんだって?」
「ええ、旦那の教育で……。あの人絵が好きやから」
「確か昔は画家目指してたのよね」