それから、ペンを私から奪って、さらさらと文字を書き始めた。

『あの女の子、ものすごくショック受けてたね』
あの女の子、というのは、さっき話しかけてきた親子の娘さんだろうか。
そっちから聞く? と、少し拍子抜けしたが、私はそうだね、と文字を綴った。
それから、葵はとある数式を書いて、私に答えを促した。
『僕ーピアノ=』
その方程式を、埋められるわけがなかった。
ノートを見つめたまま固まっている私を見て、葵は少しだけ笑った。
葵からピアノを弾いたら何が残るか。それは今、葵が必死に探しているものなんじゃないだろうか。
考えあぐねている私を見て、葵は答えが出ないと思ったのか、その方程式を自分で埋めた。
その答えを見て、私は思わず葵のこともビンタしそうになってしまった。
けれど、葵の全て悟ったような冷たい瞳を見て、そんなことはできなくなった。

答えは0。
ノートには、そう書かれていた。