そういえば葵とこんな風に外で待ち合わせをしたことは初めてで、葵がちゃんと外出用の服を着ているのを見たことも久々であった。
グレーのニットに細めの黒いパンツにネイビーのリュックという、至って普通の服装だったが、葵はとても都会に馴染んで見えた。
身長も高くて、手足も長いせいか、シンプルな格好がよく似合っていて、いつもTシャツにバスパン姿で畑の猫と遊んでいる彼とは全く違って見えた。
そうか、私の知らない葵が、この大都会にはいたのだ。
私の腕を引っ張りながら人込みをかきわけていくその後姿を見ながら、私はぼんやりと中学生時代の葵をイメージした。
すると、一瞬だけ見たことのない映像が頭に流れ込んできた。まるで突然チャンネルが合ってしまった番組を受信したみたいに。
葵は見たことのないブレザー姿で、駅のホームに立っている。彼はとても暗い顔をしていて、ただただぼうっと線路を見つめている。
駅名は三鷹、と書かれていて、地元の近くの駅ではないことは明確だった。
電車が通り過ぎたところで、その映像は急に途切れ、現実世界の葵に背中をバシッと叩かれてやっと正気に戻った。
今の映像はなに……?
私が強張った表情をしていたのを、人込みに寄ってしまったと勘違いしたのか、葵は『休憩する?』と提案してきたが、私は首を横に振った。
手を左胸から右胸に平行移動させて頷き、大丈夫、と彼に伝えた。

江戸川区にある音楽ホールは想像した以上に大きかった。
葵も過去にここで演奏したことがなん度もあったと聞いて、あんなに幼い時からここで弾いていたなんて、と私は益々葵を遠くに感じた。
ガラス張りのおしゃれな建物に葵は躊躇なく入り、スムーズに受付を済ませ、柔らかな水色の絨毯が敷かれた館内に入った。
コンクールはすでに終わっていたけれど、人はまだだいぶ残っていて、祝福の声をかけている人が多くいた。
とくに人だかりに多いその先に、見覚えのある人たちがいた。そう、葵の母親と弟の晴だった。
スーツ姿の晴は、抱えきれない程大きな花束を持っていて、何かの賞を受賞したことは遠くから見てもすぐに分かる。
葵の母も見るからにご機嫌で、黒の上品なノースリーブワンピースを着ていて、相変わらず綺麗だと思った。間違いなく葵の容姿は、彼女の血を受け継いだのだとわかる。