ここから東京までは片道二時間半はかかる。けれど、葵が帰ってこない間、ひやひやして彼を待つくらいなら、一緒にいてしまいたい。
私は、貯金箱に入っていた二万を取り出し、財布に入れた。
「明日には帰ってくるけぇ、ばあちゃん心配せんでな。なにかあったらここに連絡してよ」
「気ぃつけてよ、ばあちゃん心配性やけ」
心細そうにするばあちゃんを宥めて、私は昼食を食べ終えてからすぐさま東京に行く支度をした。
葵にそのことを新幹線に乗る直前で伝えると、彼はびっくりマークをひとつだけ送って返してきた。

東京に着いたのは、ちょうど葵の弟である晴(ハル)のコンクールが終わった後、午後の三時頃だった。
上野駅で私は診察終わりの葵と待ち合わせをしていた。
地元とは全く違う景色と行き交う人々の多さに、私は少し怖気づいていた。
閉まることのない改札や、絶え間なく聞こえるICカードのタッチ音、少しでも気を緩めて人の流れの邪魔になってしまったら誰かを苛立たせてしまうという緊張感との闘い。
実は東京に来たのは初めてだったが、受験前に来られてよかったと思えた。もし初めての東京が受験日だったら、それだけで気負いしてしまいそう。それほど私は都会の空気に馴染めそうになかった。
でも葵は、ここで中学の三年間を過ごしていたんだよな。
そんなことを思って、上野駅の改札で葵を待っていると、とんとんと肩を叩かれた。振り向くとそこには、息を切らした葵がいた。
それからすぐに私にスマホの画面を見せたが、そこにはこう書かれていた。『改札にいるよって、一体上野にいくつ改札あると思ってんだ』と。
「え、ごめん……もしかしてすごく探してくれたん?」
ここで萌音を見つけられたのは、星と星がぶつかり合うくらいの奇跡だ、と葵は珍しく怒った様子で私に伝えた。
「そんなに怒らんくても……走らせたことは反省しとるけん」
荷物を詰めたバッグを抱きかかえたまま、気まずそうにそう呟くと、葵は何かを伝えかけて、ぐっと思いとどまった。
それから、私の手を取って、手の平に文字を書いた。
『心配した』。いつもより強い力で書かれたその文字を見て、私はやっと葵がなんで怒っているのかを理解した。
葵が心配で追いかけてきたのに、葵に心配をかけてしまうとは。
なんだかそのことがとても情けなくなり、私は素直にごめんと謝った。