どれ、見せて、という葵の声が、記憶していたものよりずっと低くハスキーになっていて、私は不覚にもドキッとしてしまった。
葵は、下田講師にミスをするとライターで火を近づけられていたことがある。やけどに敏感なのは、きっとそういうトラウマが原因なのだろう。
その痛みを知っているからこそ、葵は人の痛みに弱い。
「葵は、優しいね」
思わず呟いてしまったが、葵は上手く読み取れなかったみたいで、首を傾げた。
「私、また日吉と喧嘩しちゃったけん。どうして私は人の気持ちを、想像できないんだろう」
私はどこか想像力が足りていないところがあって、今まで知らず知らずのうちに誰かを傷つけていただろう。
下田講師を追い出したときだってそうだ。
私はちゃんと、良知先生の気持ちも考えていただろうか?
生徒の前で不倫現場を目撃され、生徒の前で信じていた女性に裏切られ、傷つき、町を離れていった良知先生の気持ちを、ちゃんと考えていただろうか?
そんなことに能力を使われて、葵だって傷ついたに違いない。
私はちっとも優しい人間にはなれない。考えが浅くて、想像力がなくて、だから人の痛みに敏感になれないのだ。
「でも、日吉と仲直りしたいけん……っ、謝りたい」
突然どうしてこんなに泣きそうになっているのか、葵は全く理解できていないだろう。
そう思ったけれど、分かっていたけれど、伝えることを止めることができなかった。誰かにこの痛みを共有してほしかった。
震えた指で手話をしていた私の手を、葵は優しくとって、それから私の手を自分の目に当てて覆った。
「なにも聞こえないから、吐き出していいよ、全部」
葵のその言葉に、私は本当に全ての汚い感情を言葉にしたくなってしまった。
私は、才能ある人が羨ましくて憎い。幼いころは葵にさえ、そんな感情を抱いていた。
こんなことを知られたら、葵にも嫌われてしまう。
ゆっくりと葵の目を覆っていた手を外し、葵を見つめると、彼は静かに指を動かして私にこう伝えた。

一週間後、日吉とちゃんと仲直りしてるよ。だから安心して。
そう言って、彼は私の頬を一度優しく撫でた。