ミノル先輩はあと三日はこの町にいると、先生が教えてくれたが、私は日吉のことが気になってそれどころではなかった。


冬が近づいている。
日が短くなるのを感じて、私は空を見上げた。
ばあちゃんは今日、組合の集まりでいないため、私が夕飯を作らなくてはならない。
畑でナスを採って籠に詰めて、柔らかな土の上でオレンジ色の空を見つめる。
畑で野菜を採ってから空を見上げると、この町は平和だな、という呑気な気分になってくる。
靴底の土を払って玄関に上がり、台所に直行してナスを洗っていると、葵が二階から降りてきた。
艶のあるナスを葵に見せ、『マーボーナス』とはっきりした口の動かし方で伝えると、葵はあからさまに嫌な顔をした。葵はナスが苦手なのだ。
「好き嫌いせんと、ちゃんと食べんからそんな痩せぽっちなんよ葵は」
ナスの蔕を採って大きめの乱切りにし、解凍しておいたひき肉を冷蔵庫から取り出す。
調味料を計っているうちに鉄なべを温め、温まったところにみじん切りにしておいたにんにくを入れる。
食欲をそそる匂いが台所に充満すると、葵はどれどれ、というように鍋を覗きに来た。
よく分からないけれど、葵は料理をしているところを見るのが好きらしい。
「そんなに好きなら、葵も料理覚えりゃええのに」
そう手話で伝えると、葵は首を横に振った。それから、包丁が怖い、と子供な理由で拒否をした。
「そこは才能ないんやね、葵は」
笑ってそう呟いてから熱した油にナスを投入すると、水洗いした時の水分が残っていたせいで油がはねた。
はねた油が手の甲につき、私は思わず『熱い』と声を上げて手に持っていた菜箸を床に落としてしまった。
「ごめん葵、菜箸落としちゃっ……」
そう言いかけた途端、すぐに葵はガスの火を止めて、私の腕をグイッと引っ張った。
「どれ、見せて」
葵の声を久々に聞いた私は、びっくりして何も反応できなくなってしまったが、葵は私の赤くなった手の甲にすぐに水を当てた。
そんなに強い勢いで当てなくても大丈夫だよ、と思うほどの蛇口の捻りで、彼は私の手を冷やした。
「葵、大丈夫やけん、もう……大したやけどじゃなかよ」
私の腕を強く握っていた葵の手をトントンと叩いてそう口で伝えると、彼は安心したように水を止めた。
それから、近くにあったタオルで私の手を包み、当たり前のように水を拭いてくれた。