そうだ、焼けてしまう。だけど、夕日がオクラの葉を照らし、その下で眠る気持ちよさそうな猫と、それを愛おしそうに見つめる葵がいるから。
今はなんだかここに流れている優しい時間を共有したくて、私は首を横に振った。
「図書館のね、周りの作品が壊されとるんだって」
そのことを葵に伝えると、彼は長い睫毛を伏せて、寂しかったんだろうね、その人、と指を動かした。
寂しかった？ 犯人が？
私は疑問に思って首を傾げたが、葵はそれ以上何も伝えてはくれなかった。
夏の終わりの夕日は、土をゆっくりと温めるように、私たちも一緒に包みこんでくれている。
私は、オレンジ色に染まった毛布のような毛並みの子猫をじっと見つめて、ぼんやりと、この子猫を油絵で描くのは難しいなと、そんなことを考えた。
そういえば、葵がピアノを本格的に始める前は、こうしてよく野良猫と遊んだり、田んぼでオタマジャクシを採ったりしたものだ。
葵が東京に行ってから、私はあんまり外で遊ばなくなった気がする。
葵は覚えているかな、私とこんな風に畑の中で遊んでいたあの日々のこと。
「ねぇ、葵、私この前、葵の能力は人をだめにするって言っちゃったけど、あれ本当にごめんね」
親指と人差し指で、眉間付近の空間をつまむようにして、離すと同時に、手の平を縦にして軽く頭を下げる。
すると、葵は立てた右小指をあごにトントンと二回当てた。もういいよ、構わないという意味だ。
違うんだよ、葵。私は葵に謝らなくちゃいけないことが、あと二つもある。
ひとつはあの時助けられなかったこと。そしてもうひとつは、君の能力を悪事に使ったこと。
そのことを今更伝える勇気などなくて、私は猫に視線を移動させた。
「あ、いつのまに」
私達が手話で会話をしているうちに、猫はいつの間にかいなくなっていた。
ご飯よ、はよこんかね、というばあちゃんの声が、家から聞こえた。


私はあの下田というピアノ講師のことが許せなかった。
その時はまだ小学六年生だったけれど、私は本気でこの人を許さないと、怒りに満ちていた。
下田講師に対する怒りと、なにもできずにのんきな応援をしていた自分に対する怒り。
葵にかける言葉が思いつかなくて、私は自分の記憶力を最大限に活用して、二週間で手話を覚えた。