心臓がバクンバクンと大きく跳ね、額にうっすらと汗が浮かぶ。頭のてっぺんからつま先まで太い釘で打ち付けられたかのようで、全く足の神経に脳の指令が伝わらない。
「弾きなさい早く、次ミスしたらいつもの罰があるわよ。分かったらさっさと弾きなさいよ!」
やめて。それ以上葵のことをプレッシャーで潰さないで。それ以上音で葵を殴らないで。
そう思ったけれど、いつも自分が葵にかけている言葉が、ふと頭の中に流れ込んだ。
次の大会も、絶対優勝できるよ、と、私はなん度彼に言ったっけ。
私はあのピアノ講師のように、葵にプレッシャーをかけてしまっていたのだろうか。
「葵、ごめん。ごめん、葵……」
怖くて、動けなくて、私は教室に入ってピアノ講師の罵声を止めることなどできずに、背を向けて家を飛び出した。
すぐに葵の両親にそのことを伝えたが、『スパルタ教育をお願いしてるのよ。天才になるにはそれくらい必要だもの。いい社会勉強にもなるしね』と言って、真剣に取り合ってくれなかった。
そうか、葵はとっくにSOSを出していたんだ。そりゃそうだ。子供の一番近くにいる一番の味方は親であるはずだから。
それでも、そのSOSは受け取ってもらえなかったんだろう。
私は、その時初めて大人という存在に対して不信感を抱いた。大人は子供を守って当然、私達は守られるべき存在であると、どこかで本能的に思っていた自分を恥じた。
この人たちはなにもしてくれない。じゃあ一体誰に助けを求めればいい。

私は途方に暮れ、葵はその次の日、突然聴力を失った。ストレスが原因だったのでは、と医者からは言われたそうだ。
あの時、私は叫べばよかったんだ。助けて、って、葵の代わりに叫べばよかったんだ。
あの日の後悔と絶望は、一生私に付き纏い続けるのだろう。
私は忘れない。絶対に一生忘れないし、あのピアノ講師を許さない。
あの過去を忘れないことが、せめてもの葵に対しての償いだと、思っているから。