劣等感とさみしさでいっぱいの心を、ふいに、ハスキーな低音がすくいあげた。


「おれが大阪に行くって言ったときのこと」

「え……」

「『がんばれ、しょうちゃんなら大丈夫』」


覚えている。迷ったけど大阪に行くよって、期待いっぱいに、でも不安そうに笑ったしょうちゃんに、わたしがかけた言葉だ。言いながら、センスのかけらもない、あんまりにも陳腐な台詞だなって思っていた。いまもそう思う。

でもしょうちゃん、そんなくだらない言葉を覚えていてくれたんだ……。


「あとさぁ、ちょうど一年前くらいだったっけな? チームのレベルの高さに圧倒されて、しんどくて、思わず弱音吐いたときもさ……」


圧倒的な唯我独尊、普段は強気すぎるくらいの黒い瞳が、優しく揺れた。


「『野球してるしょうちゃんがいちばんかっこいい』」


言いながら、しょうちゃんはプッと笑った。照れたような顔。わたしも内心ものすごく照れていた。

そんなのを素で言っちゃったこともあったっけね……。やだな。一字一句もらさずに言わなくてもいいじゃんか。


「実はけっこう救われてた。……や、かなり、すげえ、うれしかった。アレがなかったら、たぶんおれ、いまごろ野球やめてコッチ帰ってきてると思うわ」

「それは嘘だね」

「ばぁか、噓じゃねえよ」


ふと、空気が変わる。目の前にいる体育会系の男子があんまりにもまっすぐ見つめてくるので、わたしはどうにもどきどきしていた。


「おれ、がんばってるよ。こう見えて、毎日死にそうになりながら、それでも野球やってる」


知ってるよ。
それは、いつだってわたしが誰よりも知っていたいことなんだよ。


「なあ、だから、奈歩もがんばれ」

「……うん」

「いっしょにがんばろうな」

「うん……。ありがとう、しょうちゃん」


彼は、太陽だ。エネルギーのかたまりだ。限りない、果てしない、時に目がくらむほど、わたしの憧れだ。

みっちゃんに対するスキとはぜんぜん違う。

ぜんぜん、ぜんぜん、違うよ。


真っ白な歯を見せながら、目尻に深いしわを刻んで笑う顔を眺めていると、途方もない気持ちになった。

わたしがいっしょに“恋”をしたいのはみっちゃんじゃない。
チガウ、このひとなんだって、切ないほどに思うよ。会うたびに、思うよ。