「サード……?」
まるで野球の知識ゼロのやつみたいに、わたしはこわごわくり返した。
「おう。三塁手」
わざわざ和訳をしてくれたしょうちゃんは、笑っているのか真剣なのかわからないような顔を浮かべて、透明の液体を飲みこんでいく。
それを不思議な気持ちで眺めていた。手のなかにあるチョコレートドーナツの存在なんかはすっかり忘れていた。
サード? キャッチャーミットをかぶったしょうちゃんしか知らないから、それを取り去ってグラウンドに立つところなんか、ぜんぜん想像できない。どれだけ思い浮かべてみてもツギハギの映像って感じだよ。うーん、サードね……。
「……奈歩は、キャッチャーが好きなんだっけ?」
変な映像が再生されている脳ミソをかすれた声が現実に引き戻す。へあ、と間抜けな音が口から転がり落ちた。
「キャッチャーが好きなんだっけ」
しょうちゃんはもう一度言いなおした。やけにまじめな顔で。怒っているようにも見える。
野球のポジションでどこが好きかって聞かれたら、わたしはショートがいちばん好きだよ。遊撃手。セカンドとサードのあいだにいる、高校野球でいったら6番を背負っている選手。スピードと瞬発力が絶対的に必要なポジション。
特に二遊間のコンビネーションが好きで、そこがスーパープレーを見せてくれるともう鳥肌と涙が止まらなくて……。
……という話は、しょうちゃんにはしたことがなかったかもしれない。しょうちゃんといっしょにいるときわたしはあまりおしゃべりなほうではない。
キャッチャーが好きだと言ったこと、たぶん、あると思う。
しょうちゃんがキャッチャーだから、言ったんだと思う。
恥ずかしいくらい単細胞で嫌になるね。しょうちゃんが三塁手だったら、わたしはサードを好きだって言ってたと思うよ。