どきどきしている。心がぶるぶる震えている。みっちゃんにときめいているわけではないよ。みっちゃんに褒められた自分に、ときめいているのだ。
オーストリアで死ぬ――この夢だけは大切にしようって思った。ただの『てきとうでフラフラしたバカ』で終わらないために。
「でも、だったら、できないな。結婚」
ふと、みっちゃんが涼しく言った。なんでもないことみたいに、いつもの調子で。頭をガツンと殴られた感じ。
「それは……困るね」
「おれは死ぬまで日本にいるよ」
「オーストリアには?」
「行かねえ。どこにあるのかも知らねえ」
ドイツとチェコの下で、ハンガリーの西で……とわたしが必死に説明するのを、みっちゃんは笑いながら聞いていた。遠いなって言われる。そして、やっぱり日本がいいと。
そんなの、いま住んでいるから日本がいいって思うだけだ。住めば都で、きっとみっちゃんだって、知れば知るほどオーストリアを気に入るに決まっている……たぶん。
「奈歩は、おれと結婚するかオーストリアに行くか、どっちか選べって言われたら、どうすんの?」
たまにしょうもないいじわるを言うみっちゃんは、そんな究極の選択を迫るような男子だった。サイアクだ。仕事と私とどっちが大事なのっていうテッパンのアレと同じくらいタチ悪い質問だよ。
わたしは困った。ものすごく困って、いよいよ頭が沸騰するかもってときに、みっちゃんがブハッと吹き出した。
「そんなに悩むかよ?」
「悩むよっ」
「あはは、おれって愛されてるな」
自覚があるなら困らせるのはやめてほしい。
「じゃ、いつかおれにプロポーズされるまでに、そのへんちゃんと考えといて」
みっちゃんは不思議なひとだね。
白すぎる肌をさらりと撫でる、ちょっとクセのある黒髪に手を伸ばした。背が高いみっちゃんは、ゆったりと、わたしを見下ろした。そして笑う。流れる空気を乱さない、その場にぽとりと落ちていくようなほほ笑みだった。
「奈歩は不思議なやつだよ」
そう言ったみっちゃんの広い肩の向こうで、世界がパキリと輝いた気がした。