3人でちょっとしゃべったあと、わたしはみっちゃんといっしょに帰った。花純ちゃんはこれからデートに赴くらしい。サッカー部の青田くんと付き合っていること、ぜんぜん知らなかった。
「奈歩ってピアノ弾けんの?」
ふたりきりになると、開口一番、みっちゃんが言った。いつものだらんとしたしゃべり方。花純ちゃんがいなくなったとたん、これだもんね。嫌になっちゃう。
「うん、5歳のころからやってたよ。もう習い事としてはやめちゃったけど、いまもたまに弾いたりしてる」
「へえ、今世紀最大に意外な事実」
「なにそれえ?」
「いやあ、だって似合わないし」
よくわかってる。ピアノやるって言うと、だいたい同じような反応をされる。
「ピアノはけっこう、わたしの人生でウェイトを占めてるよ。……みっちゃん、ブラームスって知ってる?」
なんとなしに訊ねると、みっちゃんはちょっと考えてから、知らないと答えた。ベートーベンやモーツァルト、ショパンと違って、音楽をやらない人はブラームスをあまり知らないね。あんなに素敵な曲を書くのに。
「昔の作曲家なんだけどねえ、ブラームスに魅入られすぎて、オーストリアで死ぬことが、わたしの夢なの」
なんでこんなことを話しているのかわからない。みっちゃんは、へえと、気の抜けたような相槌をうった。アホらしい話だとあきれられているのかもしれない。それともこんな話、まったく興味がないのかもしれない。
ちょっとくやしい気持ち。
「ほんとだよ。オーストリアで死ぬためには、オーストリアに住まなきゃなあって思ってて……だからいま、なんとなくだけど、ドイツ語の勉強もしてて」
「ふうん」
「26歳までは日本で働いてお金貯めて、そのあとは向こう在住のツアーコンダクターみたいなのになれたらいいなって。わりと真剣に」
「へえ、すごいじゃん」
気の抜けた相槌の最後にひっつけるようにして、みっちゃんはやわらかい声で言った。さっき花純ちゃんに話しているときよりもずっと優しい声に聞こえた。
「奈歩っててきとうで、フラフラした、どうしようもなくバカなやつだと思ってたけど」
「なんだとうっ」
「夢があって、それに向かってて、えらいな」
みっちゃんに褒められることってなかなかない。小バカにされながら褒めモドキをされることはあったかもしれないけど、こんなに自然に、まじめに、スゴイとかエライとか言われたことなんか、いままでに一度だってなかった。