ひとしきり笑ったあとで、みっちゃんはわたしの鞄を指さした。このピンクの水玉のリュックは、中3のとき、そういやヨシダが選んでくれたんだっけな。元カレとの思い出の品とか、あんまり執着がないんで、使えるものはこうして使っている。


「早くフデバコ出しな」

「えっ?」

「再試対策するんだろ」


思わず顔がゆるんだ。案の定叱られた。


「ほんと、奈歩はおれに甘えすぎだよな。主に数学的な面で」

「えー。なんだかんだいつも面倒みてくれるみっちゃんが悪いんじゃないの?」


解答用紙と答案用紙を見比べていた切れ長の目が、ちらりとこっちを向いた。


「まあ、なんだかんだ、大好きだから」


『奈歩のことが』とは言わないところが、好き。わたしもみっちゃんが大好き。それは嫌ってくらい知ってるね。だからきょうは言わないでおこう。あんまり言いすぎていると、想いが薄まって届いてしまう。

笑みを浮かべている口元を眺めていると、下腹のあたりからなにか得体のしれない熱がこみ上がってくるようだよ。

言わないって決めたけど、言いたくなってくる。こんなにわたしの気持ちをどろどろに、無防備にしてしまうみっちゃんが、たまにこわい。こわいくらい、好き。


「結婚しようね。あとはみっちゃんが18歳になるだけじゃん」

「いや、さすがにもうちょっと待てよ?」

「来年のみっちゃんへの誕生日プレゼントは婚姻届にしようっと」

「奈歩が言うと冗談に聞こえないんだよ」


子どものようなことを言って困らせて、ごめんね。
子どものようにバカでいさせてくれて、ありがとう。

知らなかった。自分がこんなにガキっぽい女だってこと。ダイスキとかケッコンとか、簡単に口にできる、軽率な人間だってこと。それでもそのすべてをけっこうまじめに考えてる、うすら寒いやつだってこと。

こんなのはみっちゃんの前だけだよ。

みっちゃんといると安心する。気取らなくていい。かっこつけなくていい。がんばらなくていい。なにとも闘わないでいい。

だから、ありがとう。

文句も言わずに再試の対策に付き合ってくれていることも。