「川野さんがいるとミツのこととられるナァ」
横から、ふわふわと、いつもの声が漂ってきた。声も笑顔もしゃべってることも、水樹くんは全部、なんだかふわふわしている。マシュマロのような男の子だ。あんなに甘ったるくはないけどね。
「わたしだっていつも水樹くんにみっちゃんとられてるよ」
わたしも応戦して口をとがらせた。とたん、水樹くんは眉を下げて笑った。ほんとに困ってるようにも、ただわたしをからかって遊んでいるだけのようにも見える。
「しょうがねえじゃん。おれはミツとクラスいっしょだもん」
みっちゃんと水樹くんは去年も同じクラスだったらしい。入学式の日、1年7組の教室で、『水樹』と『光村』は前後に座っていたって。初日からナマイキにも音楽を聴いていたみっちゃんの、両耳にブッ差さった黒のイヤホンを、水樹くんがぐいっと引っ張ったんだって。
――なに聴いてんのォ?
それは、ふつうのハジメマシテより、単なる自己紹介より、すごく水樹くんらしくて好き。
でもチョット嫉妬もしてる。
だって、わたしと出会うよりもずっと前から、水樹くんはみっちゃんと友達だったんだ。そんなオモシロイ出会い方をして、そこから始まった歴史があって、いまも、同じクラスで授業を受けていて……。
チョットどころじゃない、けっこうな嫉妬だ。
そしてそれは、決して水樹くんに対してだけではないから、困っているのだ。
みっちゃんはきっと、ぜんぜん、ぜんぜん、わたしの知らない世界をまだたくさん持っていて、人生の大半をそこで生きているわけで。そこにはたぶん、わたしの知る由もないみっちゃんが、そりゃあもう何人もいるわけで。
そういうことを考えると嫌になる。こんなことでいちいちヤキモチ感じてたらキリないよ。苦しすぎてもう死ぬしかない。
「みっちゃん、写真撮ろ!」
仕切り直すように、わたしはなるべくハキハキした声で言った。
「ハイ、水樹くんはカメラ係ね」
「えー、おれも混ぜてよ」
水樹くんが1メートル向こうでケータイをかまえたと同時に、背の高いキタキツネの顔がすうっと降りてきて、わたしのまるまるとしたそれの隣にならぶ。カシャリ。
うわ、顔の両隣でピースをつくっても、みっちゃんの顔面よりひとまわり大きいよ。悲しい。