お母さんは決して泣かない。わたしも、あの留守番電話を聞いた日以来、お母さんの前で泣いていない。
仲はいいけど、ドライな母娘だよ。喜びは共有するけど悲しみは共有しない。お互いに多くを話すけど深入りはしない。
ずっとそういうの――友達みたいな関係が心地よかったし、誇らしくて、うれしかった。でもいまはビミョウ。お母さんが明らかに無理してる感じが伝わってくるからかな。まあ、そうは思っても、イクジナシでロクデナシのわたしはなんにもできないんだけどさ。
制服を脱ぎ捨て、ジャージに着替え、部屋を出るとき、ドアの隣にある姿見が嫌でも目に入った。
映っているよ。クソダセェ自分の顔面が。怒った顔。悲しい顔。なんて言ったらいいんだろう、とにかく今世紀最大にブサイクだ。
鏡の前で何度かぎこちない笑みを浮かべたあとで、リビングへ向かった。ノエルとマカロンが脚にじゃれついてきて、ちょっと幸せな気持ちになった。
「きょうはちょっと遅かったね? みっちゃんと帰ってきたの?」
「うん、そうだよ。だらだら帰ってきた」
「ほんと、毎日いっしょだねえ」
からかうように言われて、なんとなく、きょう会ったばかりの水樹くんのことを思い出す。
「当たり前だよ、毎日いっしょだよ。結婚するんだもん」
「ええ、なに言ってんのォ?」
「だって約束したんだもん、きょう」
冗談みたいに言った。冗談みたいに笑われた。その冗談みたいなすべてのなかに隠された、わたしのひとかけらの本気を、お母さんは見抜いているかな?
「『しょうちゃん』はどうしたの?」
不意打ちで言われて、どきっとした。ぎくっとした。
しょうちゃんは、どうもしないよ。どうしてここでその名前が出てくるんだよ?
でも、わたしがそう言う前に、同年代の女子のような笑みを浮かべている母親が口を開いた。
「お母さん、奈歩はしょうちゃんのことを好きだと思ってたけどな」
「ねえ、やめてよ」
「奈歩は昔から、ほんとに好きな人にはスキって言えないもんね」
母親ってのは困る。娘のこと、娘自身よりもよくわかっていらっしゃるんだからさぁ。