お母さんが気を遣ってくれているのがわかる。しんどい気持ちをぐっと押し殺して笑顔で接してくれているのがわかる。

それが、すごく嫌だ。


「ただいまぁ」


言いながらリビングに入ると、おかえりぃという明るい返事が飛んでくる。お母さんはいつもと変わらない口調、いつもと変わらない表情だ。

でも、たぶん、無理してる。わかるよ。16年以上もお母さんの娘やってるんだ。

しょうがないんだと思う。40ウン年もいっしょにいたお兄ちゃんに、ある日突然縁切り宣言されて、しんどくない妹がいるもんか。


お母さんは、お兄ちゃん子だったね。

わたしが伯父さんによくなついていたように。
お母さんがお兄ちゃん子だったから、わたしも伯父さん子になったんだろうなってくらいに。


「おなかすいたぁ」

「用意しとくから着替えておいで」

「あーい」


お母さんは、いままで一度だってそんなふうにしたことなんかなかったのに、実の兄のことをまるっきり悪く言うようになった。

昔から自分のことしか考えてない男だった。プライドの高い男だった。まわりを蹴落としてでも、自分がイチバンじゃないと気の済まない男だった。だから妹の私はいつも虐げられてた。
だから、これでよかったんだって。スッキリしてるって。あんなアニキはいらねえ、もうアニキだとも呼びたくねえって、笑いながら言ったお母さんに、わたしはなにも言葉をかけられなかった。

お母さんは伯父さんを嫌いになったのかな。憎んでいるのだろうか。チガウ。きっとそういうんじゃない。大好きだった人をイキナリ大嫌いになんかなれるはずがない。

わたしが、そうだ。伯父さんのこと考えると心がぐちゃぐちゃになるけど、それでも、どうしたって嫌いにはなれない。なりたいのに、なりきれない。


でも、お母さんとわたしは、違う生き物だね。

わたしにとってあの人は伯父だけど、お母さんにとっては兄で。
わたしはあの人と16年しかいっしょにいなかったけど、お母さんは40年以上もいっしょにいたんだ。

お母さんは、とても好きだったアニキのこと、もう嫌いになってしまったのかもしれない。嫌いにならないと、そう思っておかないと、壊れてしまうのかもしれない。