「でも、いいかもなあ」


向かい風のなか、わたしはぽつんと言った。


「嫁と旦那って、つまりは家族ってことでしょ? なんか、いいね、それって」


そうかなって、みっちゃんは笑った。あきれてるみたいな言い方。


「ねえみっちゃん。いつかほんとにわたしと結婚する?」

「奈歩はたまになに言ってるかわかんねえ」

「わたしと、けっこん、する?」

「滑舌の話じゃねーよ」


聞こえるのは、からからとまわり続ける車輪の音。ゴムのタイヤが地面に擦れる音。それからみっちゃんの軽快な笑い声。

視界を流れるのはうんざりするほどに見飽きた風景だよ。なんだかんだで憎めない、大好きな、生まれ育った街だ。


――こんなに心地いい人生を、わたしはほかに見つけられるかな?


ずっとこの細い腰につかまっていればいい、そしたら広い背中が向かい風から守ってくれる、そうしてどこへだって行ける。

そんな人生を送りたい気がしてるよ。くだらないことを話して、しょうもないことで笑いあう、どうにも穏やかな人生だ。

そこに燃え上がるような恋愛感情はいらない。ギュッと心が痛くなる切なさや、どうしようもない嫉妬心、ドラマチックな物語なんかはなくていい。そういう“恋”は必要ない。

ただ、みっちゃんがいてくれたら。このままでいてくれたら。この寒々しいほどの涼しさと、最高におもしろい話が、いつまでも傍にあれば。

みっちゃん、それだけで、わたしは幸福に生きていけると思うんだよ。ほかにはなんにもいらない。


だってあのとき、みっちゃんが言ったんだ。こわいことなんかひとつもないって。


「みっちゃんのこと大好きだよ。だから結婚しよう。ねえ、わりと本気なんだけどなぁ」


みっちゃんのこと、男子として好きなわけではないと思う。きっとこれは“恋”じゃない。

でも大好きなんだ。
恋なんかより、ずっとずっと、大きな気持ちだ。


「いいよ」


みっちゃんがどういうつもりでそう返事をしたのかはわからない。でも、うれしかった。胸の奥がじんと鳴って、震えて、どうにも泣きたくなった。今世紀最大に無敵になれた。

そうだ。みっちゃんがいれば、わたしは無敵だ。

だから、みっちゃんと出会えたこと、運命だって思う。本当にそう思う。