でもそんな気持ちは押し殺すように、春の冷たい風を吸いこむと、わたしは口を開いた。
「『光村の女』だってえ」
まぬけな声が出てしまったよ。
「なに喜んでんだよ?」
「べっつにぃ」
笑いながらペダルを漕ぐみっちゃんが、少しお尻を浮かしてぐんとスピードを上げる。同時に、さっきよりも強い風が頬を撫でた。ついでにむき出しの太ももも。冷たいな。みっちゃんの学ランに温もりを求めて、わたしはさらにぎゅっと身体をあずける。
「でもさ、『女』じゃなくて、『嫁』のほうがいいなあ」
広い背中に強くつかまりながら、今度はわざと、うんとまぬけな声を出した。
「えー。そっちのがやじゃね?」
「なんで。かわいいじゃん。それに、みっちゃんは文系クラスでもうすっかり『川野の旦那』だし……」
「あはは、マジで、そんなことになってんの、おれ」
そりゃそうだよ。自転車2ケツして、毎朝いっしょに学校行って、放課後はいっしょに帰ってるんだ。高校生の男女がそうしているのを、毎日、いろんな人が目撃してるんだ。なにもないって思うやつのほうがきっと少ない。
たいてい、付き合ってるのかって聞かれる。違うって答える。だったら幼なじみなのかと聞かれる。違うって答える。じゃあなんなんだって言われる。わたしは困る。
なんだろうね?
みっちゃんの存在、なにって聞かれても答えられない。友達って言うのもしっくりこないし、だからといって恋人ではないし……。
みっちゃんは、みっちゃん。そういうカテゴリー。それ以上でも以下でもないってこと、けっこう伝わらないもんだね。