すべてはあの日、おじいちゃんが死んだあの夜に、始まっていたんだと思う。
おじいちゃんは本当に突然死んだ。知らないあいだにひっそりと死んでいた。スイミングスクールのあと、両親に連れられておばあちゃんちに行くと、ロープの痕を首に赤黒く残したおじいちゃんが部屋のまんなかで眠っていたよ。妙に生々しい光景だった。
おばあちゃんも、お母さんも、伯父さんも、いとこのお兄ちゃんやお姉ちゃんも、みんな泣いていたっけね。おじいちゃんを囲うようにして、そろって、静かに。
わたしは泣かなかった。泣けなかった。ただぼんやり、夢のなかにいるような心地で、硬く冷たくなった左腕に咲く薔薇の刺青を眺めていたと思う。とてもきれいな遺体だった。
人が死ぬということをはじめて体感した夜だった。ぜんぜん飲みこめないできごとだった。
それでもあの雪の夜、おじいちゃんは死んだ。
8歳だったわたしの喉元に消えないしこりを残して。
奈歩はいちばんの宝物や。奈歩の成人式、結婚式を見るまでは絶対死なれへんなあ――そういう、嘘の言葉だけを残して。
おじいちゃんは死んだ。あっけなく。自分の手で。『宝物』のわたしを置いて。
ウチは、あの瞬間にもう壊れ始めていたのかもしれない。おじいちゃんという絶対的な支柱を失ったせいで、バランスがとれなくなって、ウチの家族はミシミシと倒壊を始めていたのかも。
そうしてとうとう全壊したんだ。伯父さんの留守番電話だ。
大好きだったおじいちゃんは、わたしを置いて死んだ。死ねないって言ったくせに。
大好きだった伯父さんは、わたしを裏切った。あんなにかわいがってくれたくせに。
大切に思ったものはみんな消えてしまう。すっかり消えてしまう。夢のようにわたしの手から逃げていってしまう。いつか、いつか、きっと、必ず。
いまここにあるものより、なくしたもののほうへばかり目がいくよ。なくしたものばかりが気になる。なくしたものしか見えなくなる瞬間がたまにある。
そのたび心がしんしんと冷えこんでいく。その寒さがしくしくと胸を刺す。
わたしはとても、とても弱い人間だ。