「絶望的に悲しいことが、あった」
やっとの思いでしぼり出した言葉はあまりにぼんやりしていて、これじゃなにも伝わりやしないね。でもみっちゃんは全部わかってるよって言うみたいに、一度だけ、強くうなずいた。
「みっちゃんは、性善説と性悪説、どっちを信じてる?」
目の前のキタキツネがウーンとうなる。そしてわかんないと言い放った。考えたこともないって。ちょっと笑ってしまった。みっちゃんも、ちょっと笑った。
「わたしは、性善説を信じてたんだ。世の中に心から悪いやつなんかいない、もし悪いやつがいたとしても、それにはなにか原因があるはずなんだって」
「うん」
「でもそれは、違うのかもしれない。必死で人間の顔をして生きてるだけで、みんな、もとは悪魔なのかもしれない。わたしも……」
シネって叫んだよ。電話に向かってノエルのおもちゃを投げつけながら、わたしはあのとき、シネって叫んだんだ。伯父さんなんかシネ、みんなシネ、シネ、シネ、シネ――!
「――こわい」
あんなにかわいがってくれていたのに、簡単にわたしを裏切った伯父がこわい。
あんなに大好きだったのに、心から伯父の死を願ってしまった自分がこわい。
たった数分でひっくり返ってしまうこの世界が、逃げだしたくなるほど、こわい。
「みっちゃん、みっちゃんは、悪魔じゃないよね?」
突然、息が苦しい。視界が悪い。ぼんやりとかすんでる。
「みっちゃんは、悪魔にならないよね? みっちゃんのままだよね? みっちゃんは、ずっと変わらない、みっちゃんだよね?」
呼吸が大きく乱れているのが自分でもわかる。気付けばみっちゃんの大きな両手がわたしの肩をさすってくれていた。
「みっちゃん……みっちゃん、みっちゃん、苦しい」
涙が止まらない。こんなに息を吸ってるのに苦しくて、どうにも酸素が足りなくて、このまま死んじゃうんじゃないかって思った。やがて視界が暗転しかけたとき、みっちゃんがわたしの名前を呼んだ。奈歩って、涼しい声。