自室のカーペットの上に広がっていた、モスグリーンのワンピースをぺらりと着て、財布とケータイだけをひっつかんで家を飛び出した。

上着もマフラーもない。3月といえど、寒かった。手がかじかむ。全身に鳥肌が立つ。足がもつれて何度か転んだ。気付けば膝から血が出ていたけど、痛みは感じなかった。


いろんな人にじろじろ見られた。こっちを見ながらヒソヒソ話してる人たちもいた。見てんじゃねえよって、心のなかで何度も叫んだ。


みじめだ。

わたしはいったいなにしてるんだろう?

こんなクソ寒いなか、ひどい薄着で、膝を血だらけにして、顔面を涙でぐちゃぐちゃにして、なにをしているんだろうね?


なにが、できたんだろうね?

伯父さんが悪魔になってしまう前に、わたしになにかできることはなかったかな?


16歳の小娘にできることなんか、なにもないか。だってわたしはいま、伯父さんがよこせと言ったそのお金で、高校に通わせてもらっているのかもしれない。

高校を、やめたらいい? 大学に行かなければいい? わたしもどこかで働いて、お金を工面したらいい? そしたら伯父さんはもとの伯父さんに戻ってくれる?

本当に?

以前の伯父さんに戻ったところで、わたしは昔のように彼を無邪気に愛せるかな?


冷たい空気にさらされながら、いろんなことを考えていると、いつの間にかすっかり涙は渇いていた。


「奈歩?」


突然、みっちゃんの声に呼ばれた。ヤダって思った。情けない顔なんか絶対見られたくないって。でもそれ以上に、その声を聞いて、自分でも驚くほどほっとしていた。

13時の10分前。あれから1時間以上がたっていた。わたしは知らないうちにみっちゃんの最寄り駅まで来ていたらしい。