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崩壊という非日常は突然やってくることがある。完璧に約束された当たり前なんかないってこと、知っていたけど、わたしはすっかり忘れていたんだ。


半年前に買い替えた、小さい固定電話の前で、お母さんが静かに泣いていた。隣で、お父さんがむずかしい顔をしていた。

昼前にやっと起きてきた、低血圧すぎるわたしの起き抜けの頭じゃ、ぜんぜん状況がわかんなかった。

どうしたんだろう? 普段は笑ってるか怒ってるかしかないお母さんの涙は、もしかしたらはじめて見るかもしれない。気の小さい、優しいお父さんが眉間に皺を寄せているの、めずらしい。


どうしたの?

きょうは日曜日で、学校もなくて、昼過ぎからみっちゃんとデートで、デートっていうのも、きょうが3月14日、ホワイトデーだからで。こんなにハッピーな日に、ふたりはどうして、そんな顔をしているわけ?


「おはよう」


でも疑問は言葉にならなかった。なんて言ったらいいのかわからなかったんだ。

こういうとき、人が悲しんだり怒ったりしているとき、いつもどうしてもためらってしまうのは悪い癖だ。その相手が肉親でも、親友でも、恋人でも、どうでもいい他人でも、わたしはダメだね。

なんて言おう?
わたしが踏みこんでもいいことかな?
うまい言葉をかけられるかな?

やっぱりきょうも頭でっかちにいろいろ考えてしまって、そうしてわたしの口をついて出たのは、びっくりするくらい場違いな声、言葉だった。

うんざりする。両親が深刻そうな顔しているのに、のんきな朝の挨拶って、バカじゃないの。

はっとしたように顔を上げたふたりがこっちを振り返って、取り繕うように笑った。おはよう、だってさ。キモチワリィ笑顔だ。