みっちゃんは、しょうちゃんにチョコレートをあげたのかどうかを聞いた。チョコレートの話題なんかすっかり終わったあとで、たったいま思い出したみたいに、いきなり、なんの前触れもなく、電車のなかでぽんと言われた。

わたしたちはもうほとんどしょうちゃんの話をしないけど、こんなふうに、たまにどちらかが彼の話題を出すことがある。


「しょうちゃんにはあげたくても無理だよ」


遠い場所、大阪にいる高校球児の顔を頭に思い浮かべた。ちょっと日焼けした肌、たれ目なのにキツイ印象の、大きな強い瞳。

彼はいま寮生活を送っている。もしかしたら寮にチョコレートを送るのは可能なのかもしれないけれど、それはしょうちゃんにとって迷惑なことかもしれないし、わたしにとってもかなり勇気のいることだ。

だから完成したクッキーの写真をメールに添付して送った。本文は『ハッピーバレンタイン!』。それを聞いたみっちゃんは、声を出して笑った。


「松田はかなり怒っただろ?」


怒ったよ!

ふざけんなよ、写真だけならいらねえ。って、メールの文面なのにすごい怒ってるのがひしひし伝わってきたもんね。しょうちゃんは怒るとけっこうコワイ。そしてその沸点がいちいち低いのもコワイ。

でもわたしは、他人に対してきちんと怒ることのできるしょうちゃんを、すごい人だと思っている。そうやって他人に自分の感情をぶつけるのってわたしはなかなかできないもの。こわいんだ。たぶん誰にとってもこわいことだと思うんだ。でもそれを、しょうちゃんは当たり前みたいにやってのける。

しょうちゃんに怒られるたび、もちろん申し訳ない気持ちやコワイって気持ちは生まれるのだけど、ある種の感動みたいなものもいっしょに覚えてしまうんだよ。


真夏の日差しみたい。

じりじり、痛いほどまっすぐな、嘘もごまかしも妥協もない、しょうちゃんはわたしの憧れだ。


「そういえばさ、奈歩と松田はどうやって知り合ったわけ?」


みっちゃんが思い出したように言った。そのあたりの話はしょうちゃんがとっくにしていると思っていたから、こんなことをいまさら聞かれるのはちょっと意外だった。