◇◇


小さなピンク色の紙袋がみっちゃんの黒い自転車のカゴのなかに居座っていた。

ナイキの赤いスニーカーがざりっと地面をこする。みっちゃんが、前進するのを一瞬だけためらったのだ。


きょうは、彼ら男子にとっても、我ら女子にとっても、たぶん特別な日。誰が決めたかは知らないけど、女子が男子にチョコレートを渡すことになってる日。セント・バレンタイン・デー。

放課後に下駄箱で落ち合ったとき、みっちゃんはチョコをもらったのかどうか教えてくれなかった。わたしが聞いても笑ってはぐらかすだけ。

ふうん、もらったんだ。問い詰めるように、それでも茶化すように言ったわたしに、みっちゃんは軽く笑いながら義理だよって答える。

義理でも、もらってるんじゃん。何個もらったんだろ。誰にもらったんだろ。本当に義理かな? 女って生き物はけっこう簡単に嘘をつくからね。


朝から一度も、みっちゃんはわたしにチョコを要求したりしない。それは義理でもチョコレートをもらった勝ち組の余裕かもしれない。それとも、わたしからのチョコなんていらねえって、思っているのかも。



「奈歩だろ?」


ピンクの紙袋をカゴから引きあげたみっちゃんは、間髪入れずそう言った。

おかしな声が出た。声というよりしゃっくりみたいな音。まさかこんなに秒殺だとは思わなかったよ。


「おいこら、ニヤニヤしてんなよ」


みっちゃんがわたしを振り返って言う。ニヤニヤしてない、いまはどっちかというとむっつりしているつもりだ。


「つまんないの」


わざとらしくくちびるを突きだした。


「いつ入れたんだよ?」

「昼休み」

「嘘だろ、わざわざ?」


だって、みっちゃんがどういう反応を示すのか、ちょっと見てみたかったんだ。

バレンタインデーという、菓子メーカーが戦略としてつくり上げたイベントに対してどういう姿勢をもってしているのか、やっぱりみっちゃんでもそわそわしちゃうのか、なんとなく興味があった。

いつもとてもさらりとした手触りの男の子だからね。2月14日でもみっちゃんはシルクのようなのかなって、そうだったらいいなって、思ったんだ。