しゃりしゃりと鳴く雪の上を歩く。スニーカーが濡れていく。思わず「うへえびちょびちょ」と言いたくなる。
午後がまるっと空いてしまった。これからなにをしよう? 貴重なはずの休日は、社会人になってからのほうが使い方がわからなくなってしまったように思う。
残っている仕事を片付けようか。疲れているから寝ようか。やりかけのゲームでも進めようか。
いいや、せっかく地元に帰ってきているのだから、ここでしかできないことをしよう。親孝行でもしよう。きっと嫌がられるだろうが妹も連れて、久しぶりに家族4人でどこかへ出掛けよう。うまいもんでも食おう。きょうばかりは仕事のことは忘れて。
「――みっちゃん」
すっかり聴き慣れた、けれどもうずっと遠い声が、ふいにおれをつかまえた。思わず振り返った。
18歳の奈歩が、そこで笑っていた。
「奈歩」
18歳のおれが答える。
白すぎる指先が学ランの袖をつかむ。18歳のおれが笑い、18歳の奈歩が笑った。
降っていないはずの雪がふたりを包んでいた。白い世界のなかで、おれたちはただ無邪気に、無自覚に、幸せだった。
もう二度とは戻ってこない景色を27歳のおれが眺めている。心のなかの大切な部分がぽっかり空いてしまったような、それでいて満たされていくような気持ちだった。
雪のなかへ消えていくふたりぶんのうしろ姿を、雪など溶けかけたアスファルトの上に立ち尽くしたまま、おれは見ていた。
いつまでも、いつまでも、見ていた。