自由でいたい奈歩は、いつも強かった。
妥協したくない奈歩は、とても弱かった。
弱かったというより、もろかった。突然ふっと消えてしまいそうな危うさが常にその笑顔の裏に潜んでいるように思えてならなかった。
途方もないヨット漕ぎのような、ぎりぎりの綱渡りのような彼女の人生を、ずっと隣で見ていたいと思っていたよ。ふらつくときは支えてやろうと思っていた。迷うときは手を引いてやればいいと思っていた。
奈歩にはおれじゃないとダメなんだと、信じて疑っていなかった。
おれは、平凡じゃない奈歩に選ばれることで、平凡じゃない自分になれたような気になっていたんだと思う。
「花純ちゃんとはどうなの?」
やがて運ばれてきたホットミルクティーに口をつけつつ、奈歩はごく自然にそう聞いた。熱い甘みが気管めがけて押し寄せてくる。むせる。
「……どう、って」
「大学入ってすぐに付き合い始めたんでしょう?」
森山花純に告白されたのは、大学に入って数週間がたったころだ。塾ではマドンナ的存在だった彼女から想いを寄せられているとは夢にも思っていなかったので、ほんとに驚いた。うろたえるおれに、嫌いじゃないなら付き合ってと、彼女はずるいことを言った。
「なんで知ってんだよ?」
「花純ちゃんに牽制されたんだよ。『光村くんと付き合うことになったから』ってね」
奈歩が肩をすくめて困った顔をする。そこに幼なじみをとがめるような色はにじんでいなかった。
そういや、牽制ならおれもされたっけなあ。『誰と会ってもいいから奈歩ちゃんとだけは会わないで』と、泣きそうな顔で言われたのには参った。あいつとはなにもない、という弁明は、そういう問題じゃない、という一言に一蹴されたっけか。
「森山さんとは、4年続いたよ」
とても長く、あっという間だった4年のあいだに、いつしかおれも本気で彼女を好きになっていた。それこそ結婚とか、ガキながらにぼんやり考えるくらいには。
大学入学と同時に始まったおれたちの関係は、卒業と同時に終わった。社会人と学生とじゃどうしても価値観が合わない、なんて、なんとも味気ない、ありふれた終わり方だ。