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慣れ親しんだ景色を思い出のなかに置いていく前日、朝からみっちゃんと会った。この街で最後に会うのはみっちゃんだって決めていた。

もう二度と袖を通すことはない制服のかわりに、いちばんお気に入りのワンピースを着た。モスグリーンのワンピース。わたしがはじめてみっちゃんの前で泣いた日に着ていたワンピースだ。

これは、大阪には持っていかないでおこう。
ずっとこの街に置いておこう。

みっちゃんとの思い出と、いっしょに。


「奈歩がほんとにひとり暮らししようとしてるなんてなぁ、世の中なにが起こるかわかんねーな」


人のトレーからポテトをひょいとつまみ、みっちゃんは大いに笑って言った。バカにしてるね。


「とりあえず死ぬなよ。孤独死ってのは近所迷惑になるんだからな」

「ちょっと。ご近所よりわたしのほうを心配してよ」

「まあ、奈歩は殺しても死なないからさ」

「それって話変わってこない?」


ぜんぜん最後って感じしない。みっちゃんと過ごす時間はいつだって自然だ。特別という概念を忘れさせられるくらいの日常が、さらりと流れていくだけ。きっとみっちゃんがさらりとした男の子だからだ。

両膝を血だらけにしながらわんわん泣いたときも、太股に赤い線をいくつも引っ張ったまま「みっちゃんだけは消えないで」と懇願したときも、それは変わらなかったような気がする。

みっちゃんはいつも、みっちゃんだ。なにがあってもみっちゃんだ。自分に、他人に、世界に、決して揺さぶられない男だ。

かっこつけたことは言わない。ハリボテの言葉は選ばない。その場しのぎの触れあいはしない。

思ったことを言って、やりたいことだけをやる、いつもただ大きめの前歯をのぞかせながら笑っているみっちゃんは、わたしに無いものばかりを持っているね。