背伸びをして、黒ずくめのキタキツネのてっぺんに君臨するニット帽を強奪した。かぶってみる。あったかい。ちょっと大きい。


「奈歩は頭じゃなくて脚をなんとかしろってーの」


みっちゃんが大きめの前歯をのぞかせながら笑う。でも取り返そうとはしないので、そのままかぶっておいた。

ピンクのヒョウ柄のマフラーにこのニット帽はめちゃくちゃださいんだろうな。でもいいんだ。あったかいから。みっちゃんの体温――頭温?、ちょっと残ってる。


はじめて会った日、雪景色のなかでパンクしていたみっちゃんの黒い自転車に、ふたりでいっしょにまたがる。2ケツしてると先生たちがうるさいので、校門を少し過ぎたあたりまでちゃんと我慢する。

うらやましいくらい細い、みっちゃんの腰に手をまわした。それを合図みたいにして彼がペダルを蹴ると、のっそり景色が動きだした。


みっちゃんのうしろで揺れながら眺めるこの世界がいちばん好き。


田舎だ。しかも中途半端な田舎。あわてて建てたのが丸わかりのビルやタワーのあいだに、どっしりとした山々がならんでいる。近代化に失敗したみたいな、アンバランスで気持ちの悪い場所だ。

それでもわたしはこの街がすごく好きなのだ。

これといった観光地はないけれど。オシャレなファッションビルはないけれど。何時間もならぶようなカフェはないけれど。

ここには、みっちゃんがいたしなあ。千年にひとりの逸材ってくらいの、どんなにいっしょにいて飽きない、宇宙イチおもしろい男の子が。