社会人になってはじめて家を出たのはきっと失敗だった。ひとりで生活する大変さというものは、時間がありあまっていた学生のうちに経験しておくべきだったと、いまになって思う。
そういえば奈歩は、大学進学と同時に実家を出たんだっけか。
うまくやっていたのか心配だ。
ひとりぼっちで、おれのいない街で、ちゃんと笑っていたのか、心配だ。
意外と気楽にやっていたのかもしれないな。あいつのことだから、おれのことなんかすっかり忘れて、あの街のことなんかすっかり忘れて。
よくわからないやつだったよ。川野奈歩という人間は、いつだってひとりで大丈夫って顔して本当はひとりぼっちに耐えられないようにも見えたし、それでいて、どこかでどうにもひとりぼっちを望んでいるような感じもした。
温かいのにじんわりと凍える、季節外れの雪のような女だった。
そしておれは、そういう彼女を、ひとりぼっちで溶けさせたくないと思っていた。
よみがえる。思い出せる。つい最近のことのように、全部、はっきりと。
笑った顔も。
拗ねた顔も。
おどけた顔も。
腰まで伸ばした黒い髪も。
短く折ったスカートからのぞく白すぎる脚も。
みっちゃん大好き、と挨拶みたいに言っていたのも、ちゃんと声つきで。
大きく息を吐いた。白い封筒を端からゆっくり破り、きちっと折りたたまれた便箋を開く。
そこには、当時とまったく変わっていないクセのある文字が敷き詰められていて、めまいがした。
窓の外では雪が降り始めている。