みっちゃんは大きめの前歯をのぞかせながらくったくなく笑っている。何事もなかったかのように、水樹くんも笑って答えている。

窓はまだ北風にガタガタと抗っているし、放課後独特の生徒たちの笑い声もやまない。野球部が響かせる気持ちいい金属バットの音も、生徒指導がスカート丈どーのこーのと怒鳴っている声も、ふだんとちっとも変わらずに聞こえてくる。

わたしは、そのすべてに取り残されていた。わたしだけが静かな場所にいるような、うす暗い場所にいるような。耳の奥のほうがぽうっとしている。


ここはどこだろう?


「奈歩、帰るぞ」


みっちゃんがいつものように言う。わたしもいつもどおりウンと答えたけど、そうしたのは自分じゃない誰かみたいだった。


「じゃーね、ミツ。川野さんも」


みっちゃんはいい友達を持ったんだなって思うよ。別れ際、鋭い光の宿った視線をわたしに送ってきた水樹くんを見て、ほんとに、素直にそう思った。

水樹くんはみっちゃんのことを心から大切に思っているんだろうな。じゃなきゃきっとあんなことは言えない。汚れ役を買ってまで、友達のために無茶なんかできない。そんなこわいことはふつうしない。

少なくとも――わたしはそうだった。

みっちゃんのこと優しい人間だって、水樹くんは自然に言ったけど、きっとそれは水樹くんも同じなんだと思う。


「水樹くんっていいやつだね」


冷たい金属の上で揺られながら、何気なくそう言ったわたしに、みっちゃんは「いきなりどうした」と笑った。


「水樹がいいやつなのは知ってるよ」


そうだったね。わたしもたぶん、知っていた。わたしだけがヤなやつだ。ごめんね。恥ずかしいよ。こんなに恥ずかしくても、しょうちゃんとのこと、どうしても言えないよ。

みっちゃんに失望されたくない。


「なあ、奈歩。大晦日の夜から初詣行こうか」

「初詣?」


いきなりの誘い。驚くのと同時に、ああもうそんな時期なのかと実感する。


「合格祈願しにいこう」


ペダルを漕ぎながら涼しい声でそう言ったみっちゃんの肩の向こうに、ちろちろと、白い雪が舞い落ちるのが見えた。