「水樹くんに関係ない」
やっとの思いでわたしは言った。最低の反撃だ。それでも、精いっぱいの抵抗だった。
でも水樹くんは怯まない。最低のわたしを許さない。
「川野さんはクソヤロウだ」
球技大会で言ったのと同じ文句を、水樹くんはもう一度わたしに向けて放った。今度は冗談じゃない、本気のクソヤロウ。
「川野さんみたいな自己中な人間のせいで、ミツみたいな優しい人間が損をするんだよ」
図星すぎてむかつきもしない。悲しくもならない。
ただ、遠くのほうで世界が崩壊していくのを、全身で感じていた。
わたしがつくりあげた世界。自己中なわたしが必死に築いてきたもの。最低のわたしと、優しいみっちゃん、ふたりだけの生ぬるい底なし沼。
「……なにが、わかるの?」
動くな、口。震えるな、喉。なにを言ったって、たぶんもう、ダメだ。
「水樹くんになにがわかるの?」
ううん、わからないよ。わからなくていい。みっちゃんとわたしのこと、この世の誰もわかってくれないでいい。
「――わかりたくもない」
圧倒的な冷たさで水樹くんは言った。
「ミツがいないと自分はダメだって思いこんでる川野さんと、自分がいないと奈歩はダメだって思いこまされてるミツとの、くだらない茶番劇なんか。
“運命”なんかじゃない。きみたちのは、ただの共依存だよ」
がらがらがら。崩壊の音が近づいてくる。
なにかを言い返す気力なんかは残っていなかった。でもそれは絶望からくる無気力ではなかった。そんなものはもうとっくに通り越していた。
目の前にあるサイボーグの輪郭がぼやけ、にじんでいく。涙じゃない。ただ、視界のピントをうまく合わせるのがむずかしくなっただけだ。
窓は相変わらずガタガタと鳴いていた。その向こうからはやっぱり誰かの笑い声が聞こえてきていた。
「――奈歩」
そのなかでたしかに、ただひとつだけクリアに、現実味を帯びたままわたしの名前を呼ぶ声があった。
その声に、わたしはまた、とぷんとぷんと沼に沈められていく。