「奈歩もな」
何気なく飛んできた返事に、心臓がびっくりするくらい跳ねあがった。
「まあ、あんなおどろおどろしい魔女役の似合う女子に寄ってくる男なんかはいないと思うけど」
「……うるせいやい」
こんな女子でも、しょうちゃんは好きって言ってくれたもんね。
なんてことをさらっとは言えない自分に苛立って、きょうも脚をバタつかせる。みっちゃんが焦ったようにハンドルを握りなおした。
分厚い雲が重力に引っ張られるように落ちてきていた。今朝はピーカンだったんだけどな。天気予報もきょうはずっと晴れだと言っていたから、傘なんかは持ってきていない。
灰色の世界をみっちゃんの黒い自転車が進んでいく。ゆったりとしたスピードで。たまに蛇行しながら、それでも確実に前へ。
あと何度この道をいっしょに帰れるんだろう? 何度、脚をバタつかせて困らせては、あきれたように怒られることができるんだろう?
広い背中を指先でなぞった。ホネホネした背中。薄っぺらい身体。それでも、この細い男の子に、わたしはまるっと支えられている。
ついにぽつぽつと雨が降りだした。小雨だったそれはたちまち激しくなり、容赦なくわたしたちの制服を濡らしていく。
「うーわ。マジかよ、最悪」
ひとりごとのようにつぶやいたみっちゃんが高架下で停車する。数十秒も降られていないのにふたりともずぶ濡れになっていた。冬服でなくてよかった。
「すごいね。ゲリラかな?」
「かもな。天気予報もあてになんねー」
荷台から降り、鞄からタオルを取りだした。自分の顔と頭を簡単に拭いたあとで、タオルを持っていないらしいみっちゃんの頭もいっしょに拭いた。
黙って濡れた頭を差しだすみっちゃんをすごくかわいいと思う。こんなにでっかいのに小動物みたい。やっぱり白ウサギは適役だったね。前歯は関係なく。