しょうちゃんは夏休みをほとんどまるっとこっちで過ごしていた。いつもはお盆の数日間だけ帰省するのを、今年は引退してすぐに帰ってきたのだ。ああ、ほんとに引退したんだ、夏が終わってしまったんだと、また実感した。
お疲れさまって、笑って言ったよ。しょうちゃんも笑った。ありがとうと、意外なほど晴れやかに答えてくれた。
長くて短い休みのあいだ、わたしたちは、多少恋人らしい、デートみたいなこともした。
ふたりで映画を見に行ったし、カラオケにも行った。ボーリングもした。夜の公園でいっしょに手持ち花火だってした。去年までとは違う距離感がどうにも気恥ずかしかった。
非常にプラトニックな夏だったね。しょうちゃんは、軽率に手をつないでこない。キスだってしない。もちろんその先のことだってひとつもなかった。球児ってのは意外にも硬派な生き物らしい。
そんな甘酸っぱい夏を過ごすのと同時進行で、みっちゃんとも何度かふたりでゴハンに行った。毎週木曜の夕食、こっちは変わり映えのない通常運転。恋する乙女からナチュラルボーン川野奈歩に戻る時間。
ナチュラルボーンのわたしは、しょうちゃんと付き合い始めたことを、なぜかみっちゃんに言えないでいた。
きっとしょうちゃんから言ってくれるはず――というのは甘えだね。わかっている。
だって、そもそも言うべきなのかもわからないし。
なんて言うの? どんな顔で言うの? いつもの調子でさらっと言えばいい? 『ねえ聞いて、しょうちゃんと付き合うことになったよ』――そんなバカな!
どうしてこんなにも言いたくないのに、こんなにも伝えなければいけないような気持ちになるんだろう。
そのくせなにをためらってしまうんだろう。どうにも知られたくないって、思ってしまうんだろう。
照れくささのせいもある。でも決してそれだけじゃないってこと、自分でもわかっている。
ほかの誰かの女になっちまった奈歩を、みっちゃんにだけは知られたくない――そういうずっこい気持ちもどこかにあった。気のせいじゃない。そういう卑怯な思いが存在していることをはっきりと自覚していた。
だって、嫌だよ。知られたら、みっちゃんはわたしから離れていってしまうんじゃないかって、みっちゃんの無償の優しさを手放さなければいけないんじゃないかって、そんなことばかりを考えてしまう。
わたしは最低なやつだ。
いつも、ほんとに自分のことばかりだ。