一度ゆるんだ涙腺は簡単には締まってくれない。気持ちのままにわんわん泣いた。汗まみれの顔がみるみる涙まみれになっていく。通行人の視線なんかは気にもならなかった。
ただ、受話器の向こう側でしょうちゃんが笑っていて、恥ずかしいよ。情けない。わたしが泣いたらダメだったね。いちばん泣きたいのはしょうちゃんだ。
「しょうちゃん、お疲れさま」
「おう」
「胸張って帰ってきてね」
「おう」
濡れたままの視界で太陽を見上げる。まぶしい、熱い、エネルギーのかたまりがそこに浮かんでいた。とてつもないチカラがグラグラ湧きあがってくるようだ。
ああ、やっぱりしょうちゃんは太陽だね。ふつうの男の子なんだけど。それでもわたしにとってはしょうちゃんが、この松田祥太郎という男が、この世でただひとつの太陽、エネルギーの源なんだ。
「なあ、奈歩」
「うん」
「ずっと野球ばっかりでさ。忙しくて、余裕もなくて……ぜんぜん相手してやれねえだろうと思ってたからいままで言わないでいたんだけど」
黙って聞いた。なにか大きな波がやってくるような予感がして、声なんか出せなかった。
息をひそめるというよりは、呼吸がうまくできない感じ。心臓の音が頭にまで響いてくるよ。
わかっている。きっと、わかっている。これからなにを言われるのか、わたしはわかっている――
「おまえが、ずっと好きだった」
気管におもいきり風が舞いこんできたような錯覚。
苦しい、のに、その苦しさからいっきに解放されたような。
「おれと付き合えよ」
「……命令形」
「だってさあ、奈歩だって、おれのこと好きだろ?」
天上天下唯我独尊。
どこからそんな自信が湧いてくるんだろうね?
さっき試合に負けて引退したやつの言葉とは思えない。笑ってるし。
「そんなの当たり前じゃん」
泣き笑いしながらわたしは答えた。
「大好きに決まってるよ」
ずっと遠くから見つめていただけの太陽を手に入れたのと同時に、わたしたちの最後の夏は、本当に終わりを告げたのだった。