「……ついさっき、引退してきた」


重たい沈黙を押し上げるように、しょうちゃんは静かに言った。


「監督さんの話を聞いて、仲間とねぎらいあって、後輩たちに感謝されてさ。試合が終わったときにはまったく感じられなかった“引退”を、ついさっき、ほんとの意味で実感したよ」


優しい音量で聞こえてくるその声に耳を傾けながら、日陰になっているベンチへ移動する。

外回り中のサラリーマンが汗をぬぐいながら歩くのが目に入った。隣の高校の制服を着た女子高生たちがアイスを食べながら笑っていて、夏休みらしい子どもは楽しげにプールバッグを振りまわしている。

きょうも世界はなんでもなくまわっているんだなあと思った。

宇宙で唯一無二の存在、この惑星を照らしている赤い恒星のしょうちゃんは、本当は、ふつうの男の子だったんだ。

じわじわそう実感して、なんだか胸の奥がぎゅっとした。いとしい、と思った。いままでとは違う気持ちが心臓を押し上げてあふれてくるような気がした。


「奈歩」

「うん?」

「ごめんな」


どうして、謝るの?


「約束守れなかったな。甲子園連れてってやれなかった」


ああ、ずるいね、その台詞って。

いつもエラそうにしゃべるくせに。自分が世界の中心だって顔してるくせに。自信満々で笑うくせに。

そんな彼の、不意打ちのその言葉は、わたしの涙腺を大崩壊させるにはじゅうぶんすぎた。


「……う……っ」

「泣いてんのかよ?」


泣くに決まってるじゃん。泣くなってほうが、無理。