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まじめに塾に行くようにしている。授業に出るだけじゃなく、なるだけ自習室に通うようにもしている。

塾と学校はぜんぜん違う場所だ。ここにいるのはみんな、仲間ってより敵って感じがする。みんな必死に闘っているんだって思う。志望校と。ライバルたちと。自分自身と。そういう塾独特のピリピリした空気に、たまに息が詰まりそうにもなる。

でもべつにイヤイヤ行っているわけじゃないのだ。心から喜んで通っているわけでもないけど。ちゃんと、行くべきところだと思って、行っている。

もしかすると自分でも知らないうちに受験生へと擬態していっているのかもしれない。きっとへっぽこに間違いはないけど、“受験生”、意外とやればできるものなのかも。

いや、そうじゃないんだった。できるかできないかじゃない。やるか、やらないかだ。

どうにもサボりたくなるとき、嫌な気持ちがぐぐっとこみ上がりそうになるときは、いつだってしょうちゃんのことを思い出すよ。うん、しょうちゃんもがんばっているんだから、奈歩も、がんばれ。


そんなふうに目の前のことをひとつずつこなしていくうちに、季節はいつの間にか夏へと移り変わっていた。


「大阪大会、今週末に開幕だってさ」


隣のトレーからポテトをつまみながら言った。人のポテト食うな、って文句がすぐそこから飛んできた。カタイこと言わなくたっていいじゃん。

受験生をまっとうする合間、週に一度はこうして勉強を休んでみっちゃんとゴハンを食べにくる。ふたりとも塾の授業がない木曜日。ファストフード店でジャンキーなものを食べる日もあれば、月のしずくでちょっとお洒落なディナーをする日もある。わたしの唯一の楽しみを、きっと同じようにみっちゃんだって楽しみに思ってくれている。はず。


「もう引退だね」

「松田の話?」


わたしのトレーからナゲットを持っていったみっちゃんが興味なさそうに聞き返した。