寒さを振り払うように立ち上がってみる。握りしめていたスチールの缶を放り投げる。しかしやはりゴミ箱のなかには入らなかった。相変わらずのノーコンにうんざりして振り返ると、みっちゃんはちょっと驚いたように笑っていた。


「突然どうした」


ちょっと、もやもやを吹き飛ばしたくてね。

いいね。こんなふうに、悲しいこと、嫌なこと、つらいこと、負の気持ちを、全部ブン投げてすっかり消すことができたなら幸せだ。

でもさみしさだけは消えてほしくないって、なんとなく思った。

大切な誰かを、なにかを失ってさみしくならないような、さみしい人間にはなりたくない。みっちゃんを失っても平気なわたしではいたくない。


「きょう、ありがとう」


わたしは言った。


「塾、抜けだしてきてくれたんだよね。ごめんね。これから本格的に忙しい時期だってのにサ」

「いいよ」

「これからはなるべく面倒ごとは起こさないように努めるよ」

「いいって」


みっちゃんも立ち上がった。いっきに身長を追い越されてしまった。


「そんなこと努めなくていい。奈歩が努めるべきは、しんどくなったらすぐおれに弱音を吐くことだけだろ」


背の高いキタキツネの向こう側に幻想的な宇宙の風景が広がっている。


「面倒じゃない奈歩は奈歩じゃない」

「なにそれ……」

「ずっと面倒なやつでいろよ。そういう奈歩が、おれは――」


あの白い輝きがじわじわとにじみだす。そして次々、わたしの瞳のなかに溶けていく。


「――おれは、嫌いじゃないよ」


おどけたようにみっちゃんは言った。

ウルセェと、笑って答えた。涙が頬を伝っているということに気が付いたのはその3秒後のことだった。なんの涙かは、まったくわからなかった。