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悩んでいた。大好物のポテトサラダがてんこ盛りの弁当の存在を忘れるくらいには、悩んでいた。


「奈歩ちゃん、食欲ないの?」


花純ちゃんの心配そうな呼びかけによって現実へ引き戻される。反射的に、ウウン、と答えた。曖昧な笑みになってしまった。これじゃごまかしてるのがバレバレだ。

勢いあまり、目の前の黄ばんだ白を口いっぱいに頬張る。なんでうちのお母さんはこんなにも美味しいポテトサラダをつくれるんだろう。


「あ、奈歩っちー」


必死に咀嚼運動しているところを、突然ハスキーな声に呼ばれた。キョウヘイだった。今年は同じクラスなんだ。


「きのうさ、ごめんな。ヤなとこ見せちゃったよな」


あ、きのうとぜんぜん違う。いつもと同じ、本気なのかそうでないのかわかりづらい、独特のふわふわっとしたしゃべり方。

通常運転に戻ったということだね。よかった。と、思う。


「わたしはべつになんにも。それより羽月が心配してたよ」

「はーちゃんには今朝謝ったよ。ワタッチといっしょに」

「大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよー」


ほんとかよ。ヘラヘラ笑ってるからイマイチ信用できないんだよなあ。


「あのさ。夏大、楽しみにしてるんだからさ。最後まで野球部らしくがんばってよね」


とたん、ヘラヘラがニンマリに変わる。調子よすぎること言ってしまったかな、と後悔しているところに、キョウヘイが意味ありげに「奈歩っちもね」と言った。


「はーちゃんがさ、『奈歩が心配』って」


野球部の心配をして、わたしの心配をして。いつもは誰よりも子どもっぽい甘えんぼうに見える羽月が、やっぱり実はいちばん大人だよ。まいったね。