しばらくぼんやりとグラウンドを眺めたあとで、ようやくきびすを返す。同時に、もうずいぶん履きつぶしたローファーがざりっと鳴く。1年生の最初のころは信じられないくらい足に合わなくて、デッカイ水ぶくれをいくつもつくっていたっけ。

本当に、変化というものは知らないうちに生まれているね。グラデーションのようにやってくるからいつだってそれに気付けない。いつからローファーで靴擦れをしなくなったのか、ぜんぜん覚えてないや。


「奈歩っ」


ぐい、とスクールバッグを引っ張られた。いきなりだったので蛙をつぶしたような声が出た。ぐえ。

なんだよ、いきなり、誰だよ……。


「奈歩っ」


もう一度わたしの名前を呼んだのは、この時間にこの場所にはいないはずの女子だった。


「……羽月?」


どうして、ここに? 部活中だよね? ついさっきまで野球部の練習を見ていたんだから間違いない。


「もうヤダ……」

「なに?」


ジャージ姿のまま、両のこぶしをギュッと握り、羽月は肩を震わせる。泣いているんだって思った。夕日が逆光になって表情は見えないけど、わかった。


「ワタッチとキョウヘイが、喧嘩してる――」



野球部の暑苦しい部室が騒然としていた。

殴りあいの喧嘩。どうやらひとりの女の子をめぐってのことらしい。そういや、1年くらい前に羽月が言ってたね。秋山さんのことでふたりが揉めてるって。まだ続いてたのか。

顧問はきょうに限って出張だってさ。やばいよ。

喧嘩をふっかけたのはキョウヘイだったって。でもその火種になったのは、ずっと続いていた気まずさに耐えられなくなったワタッチが『部をやめる』と言い出したことだって。最後の大会を目前にして、優しいワタッチは罪の意識に押しつぶされてしまったみたいだった。

1年生はびびりきっていた。2年生は半分おもしろがって、3年生は勘弁してくれって感じ。そりゃそうだ。こんなことが明るみに出たら夏の大会に出られない。


「もとはと言えばおまえがリサに手ぇ出したんだろうが!」

「秋山さんほったらかしてほかの女にフラフラしてたのは誰だよ!」


羽月に泣かれて、勢いでここまでついてきてしまったけど、わたしの出る幕なんかひとつもなさそうだよ。わたしだけじゃなくて、たぶん、ほかの誰も仲裁なんかできっこない気がする。