自転車置き場に到着しても荷台から降りようとしないわたしに、みっちゃんはほんとに困っているみたいだった。
降りて、イヤ、降りろって、イヤイヤ、そんな押し問答が何度か続いた。まわりに誰もいなくてよかった。
「子どもか」
スゴイ迷惑かけちゃってること、わかってる。でも、いま降りてしまったら、ここでサヨナラしなくちゃいけないことも、わかってる。
「どうしたんだよ、きょうの奈歩ちょっとおかしい」
「おかしくないし……」
「なんかあったんだろ?」
「ない」
「じゃあどけって。もう授業始まるんだ」
みっちゃん、冷たいな。うそ。すごい優しいよ。こんな茶番にここまで付き合ってくれるひと、そうそういないよ。
「奈歩も塾なんだろう?」
「うん」
「学費、払ってもらってんだろう?」
「……うん」
「じゃあ行かないとな」
「うん……」
いよいよわたしが降りると、みっちゃんはなにも言わないで自転車を所定の場所に停めた。
「じゃあおれ、行くから。あっちだし」
みっちゃんの通うK塾と、わたしの通うI塾は、ここからだとちょうど正反対の場所にある。だから、受験生になってしまった今月からは、いっしょに帰らないで、ここでお別れすることがほんとに増えた。
「じゃあな、またあした」
つい1か月前までのみっちゃんならきっとこんなふうにサヨナラはしなかった。どんなにわたしが嫌がっても、なんでもないって言い張っても、様子がおかしいと思えば無理やりにでも話を聞いてた。ミルクティー飲みに行こうかって。
それが、受験生になったとたん、あっさり行ってしまうんだ。
わがままを言っているのは自覚してる。自分勝手な、メチャクチャなことを言っているのもわかってる。
そしてそんなクソヤロウにも、みっちゃんが最大限の優しさをくれているのは、痛いくらいに感じてる。
「ばいばーい……」
どんどん小さくなっていく、ひょろ長い背中にむかってつぶやいた。きっと聞こえてないね。子どもみたいに、帰り際の挨拶すらちゃんとしないで、ごめんね。だせえやね。
嫌だな。受験って、嫌だな。ほんとに嫌だな、こういうときは特に。
わたしも背を向ける。もうずいぶん履きつぶした、よれよれのローファーで、地面を蹴った。行かないとなあ、塾、ちゃんと。