「なんか奈歩、顔色悪いな」
プーマのバッグを持ち上げながら、開口一番、みっちゃんはなんでもなさそうに言った。
「川野さんの顔色が悪いのはいつものことだよな。顔、まっしろ」
隣の水樹くんが笑いながら言う。なに笑ってんだ、ちくしょうめ。いつもオマケのようにみっちゃんの隣に居座りやがって。3年間もみっちゃんと同じクラスだなんて、ちくしょうめ、水樹め、このぜいたく者め。早く部活に行っちまえ。
「ま、ミツもたいがい顔色悪いけどな。似た者夫婦ってやつだな」
「しょうもないこと言ってないで早く部活行けよ、水樹おまえ、部長だろ」
「まあまあ、部長出勤ってことで、いいじゃん」
「よくねーよバカ」
ふたりが軽口をたたきあうのを聞きながら、ちょろちょろうしろをついて歩いた。たまに理系クラスの友達に会って、ゆるい挨拶を交わしたりもした。
このごろはもう、光村と川野は付き合っているのかとか、そういうの、あんまり言われなくなったな。そういうもんだって認識をされているみたい。後輩にはいまだに言われたりするけど、うまいことはぐらかすスキルも身についた。
やっぱりみっちゃんとわたしは特別なんだって思う。男女の特例として認めてもらえるほど、特別ななにかがあるんだって。
まわりには婚約者だって説明してる、と冗談でみっちゃんに言ったことがある。やめろバカと叱られた。責任とらなくちゃいけないだろうって。べつにそんな責任はとらなくてもいいと思うんだけど、まじめにそんなことを考えちゃうみっちゃんが、わたしはやっぱり大好きだと思ったよ。
「で、体調はほんとに悪くないわけ?」
水樹くんを送り届け、ふたりきりになったとたん、みっちゃんが少しまじめに聞いてきた。少しびっくりした。
「うん、大丈夫。ほんとに心配してくれてたんだ」
「いつもギャアギャアうるさい奈歩がずっと黙ってるから。それに、身体、強いほうじゃないだろ」
「えー、強いよ」
「見かけはな。……心もな」
なんだよ、もう、そんなふうに言われるとうっかり泣きたくなるじゃんか。
みっちゃんが黒い自転車に鍵を差しこむのを、ツンとする鼻の痛みと闘いながら、じっと眺めた。