「奈歩は、アレ、どうなったん?」
あ、出た、関西弁。不意打ちでくるからどきっとする。
「『あれ』?」
「進級」
覚えていてくれたんだ。いや、できれば忘れていてほしかった。
進級は、なんとかできるってさ。きっとハヤミーの優しさだと思うけど。だから正しくは『できる』わけじゃなくて、『させてもらう』って感じ。
そう説明すると、しょうちゃんは豪快に笑った。全部を吹き飛ばすような笑い方で、わたしもつられてへにゃりと笑ってしまった。
「でもまあ、よかったじゃねえか、とりあえずはさ」
「うん、まあね……」
「よかったよ。がんばったんだな」
がんばったかな? ううん、ぜんぜんだよ。お母さんと開戦したあの夏の日から、わたしはたぶんなんにも成長してない。ひとつもがんばってない。
でもそれをしょうちゃんに知られるわけにはいかない。
「……そうだよな。おれも、がんばらねえと」
なにか決めたような顔。目。きっとこの大きな瞳は、次の夏をじっと見ているんだって思った。
「甲子園」
いまの、わたしが言っちゃった? チガウ。しょうちゃんが言ったんだ。そのハスキーな声で、たしかに、言ったんだ、甲子園。
全身に鳥肌が立った。立ちまくっているよ。そしてなぜか、次の瞬間にはたまらなく泣きたくなっていた。
「ばぁか、奈歩は連れてってやんねえからな」
「な、なんで……」
「どうせぴーぴー泣くんだろ」
すでにこぼれかけている涙を慌てて拭う。泣くもんか。泣いてたまるもんか。
甲子園に連れてってもらうんだ。違うな。行くんだ。いっしょに。しょうちゃんといっしょに行くんだ。だから泣いてる場合じゃない。
右手を差し出していた。マメだらけの右手が伸びてきて、そっと握ってくれた。
はじめて触ったしょうちゃんの手のひらは、石みたいにカタい。この世のものとは思えないくらい。これは、しょうちゃんががんばっている証だ。あの夢のような舞台が夢じゃなくなった気がした。
握手なんていまさらなにしてんだってふたりで笑いあう。
でも、意味のあることだったよ。わたしにとってはあまりにも必要なことだったよ――絶対に。